現実の実在性に届く眼

今、現代文の授業で、野矢茂樹の「言語が見せる世界」という評論を読んでいるのだが、ここで説かれていることの多くが、俳句についての言説と重なってくることに気づいた。「言語が見せる世界」の中にはキーワードの一つとして、「プロトタイプ」という言葉…

生き方の多様化に向けて

本田由紀の『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)を誰かが推していたので、読んでみた。 教育は何を評価してきたのか (岩波新書) 作者:由紀, 本田 岩波書店 Amazon 著者の主張を大まかにまとめると、次のようになる。日本社会は諸外国と比べ、垂直的序…

草の味

嬉しい郵便物が届いた。松野苑子さんの3冊目の句集『遠き船』。 句集 遠き船 作者:松野 苑子 KADOKAWA Amazon いつものように、まず最初は、とにかく最後まで読み通す。次は、好きな句、気になる句に丸印をつけながらもう一度最初から読む。(句集を読んで…

現代短歌の多様性

現代秀歌 (岩波新書) 作者:永田 和宏 岩波書店 Amazon 『万葉集』なら、「素朴、おおらか、ますらをぶり」、『古今和歌集』なら、「優美、理知的、たをやめぶり」というような言葉で、その時代の作品群の歌風を言い表すことが定着しているが、「現代短歌」の…

ウクライナの平和を願って

横浜シティ・シンフォニエッタは、第40回演奏会で、チャイコフスキーの交響曲第2番を演奏します。この曲には「小ロシア」という標題が付されることが多いのですが、「ウクライナ」とも呼ばれるようです。この曲について、指揮者、金聖響は『ロマン派の交響…

スタッキング不能

スタッキング可能 (河出文庫) 作者:松田 青子 河出書房新社 Amazon 誰が主人公というわけでもなく、次々に入れ替わる登場人物たちに何か事件が起こるわけでもない。物語性というものが皆無。ただ、その登場人物たちが、世間の常識とか、「〇〇らしくあらねば…

いつまでたっても「入門」どまり

1ランクアップのための俳句特訓塾 作者:こぼ, ひらの 草思社 Amazon これは「二冊目の俳句入門書」という位置づけとのことだが、僕にとっては何十冊目の俳句入門書だろう? 読んでばかりで詠まないから、いつまでも「入門」どまりで上達しないのだ。でも、僕…

新しい国語の授業を目指して

使える!「国語」の考え方 (ちくま新書) 作者:橋本陽介 筑摩書房 Amazon 旧来型の国語(特に現代文、その中でも特に小説)の授業に対していだく生徒の不満の根本原因に迫る。そしてこれからの国語の授業のあるべき姿を示唆してくれる本。(キーワードは、「…

詩を生み出す表現

「文」とは何か~愉しい日本語文法のはなし~ (光文社新書) 作者:橋本 陽介 光文社 Amazon 橋本陽介の『「文」とは何か―愉しい日本語文法のはなし』を読むと、文法的に考えることの面白さをあらためて教えられる。僕が特に興味を持ったのは、次のようなとこ…

頭がよく見える、要約力

頭がよくなる! 要約力 (ちくま新書) 作者:齋藤孝 筑摩書房 Amazon この本では「要約」という語を、長い文章をキーセンテンスを押さえて100字とか200字とかの制限字数内にまとめる、という普通の意味にとどまらず、もっとずっと広い意味でとらえている。たと…

高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ②

チルドレン (講談社文庫) 作者:伊坂幸太郎 講談社 Amazon 高校生に好きな作家、最近読んだ作品を訊ねるとよく出てくるのが伊坂幸太郎。昨年度授業を受け持った生徒の中で特に優秀だったKさんも、好きな作家として伊坂幸太郎の名を挙げていた。というわけで…

BGMのない映画

映画、「ドライブ・マイ・カー」を観た。 コミュニケーションには、その場所の力というものが働く。食卓、車、閨房…とりわけ、この映画においては車が登場人物の台詞を引き出し、登場人物同士の会話を深めるのに大きな働きをする。原作には、主人公の家福は…

漢字の負の側面

言語学者が語る漢字文明論 (講談社学術文庫) 作者:田中 克彦 講談社 Amazon この本は、2011年に『漢字が日本語をほろぼす』という書名で、角川SSC新書の一冊として出された。それを講談社学術文庫に加えるに際して、「ちょっと過激」にひびく書名を改めたの…

同感、のち、違和感

僕の車の中には一年ほど前から、ベートーベンの弦楽四重奏曲全集(アルバン・ベルク四重奏団の7枚組)が入れっぱなしになっている。車の中ではラジオを聴くことが多いのだが(主にFM東京、たまにFM横浜)、ラジオに飽きるとCDに替える。ベートーベン…

短歌の本を生徒に薦めるとしたら、これ。

近代秀歌 (岩波新書) 作者:永田 和宏 岩波書店 Amazon 近代以降の名歌100首を選んで平易に解説した本。100首選出の基準については、「はじめに」で次のように述べている。 できるだけ私の個人的な好悪を持ちこまず、誰もが知っているような、あるいは誰もに…

どっち派?(高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ①)

高校生に人気のある住野よるの作品を初めて読んだ。 主人公のあっちーくん(安達くん)は分裂している。 クラスの大多数が向かっている方向(矢野さんへのいじめ)からずれないように(孤立しないように)、細心の注意を怠らずふるまう昼のあっちーくんと、…

非日常の読書空間

タイトルに惹かれてすぐ読み始め、機知に富んだ文章に魅了されてすぐに読み終えた。面白い! 本を快適に読む空間の確保というのは、本好きにとって重大問題なのだ。 本の読める場所を求めて 作者:阿久津隆 朝日出版社 Amazon 僕たちには本を読むための場所が…

署名本の話

久しぶりに内田百閒を読んだ。 どの文章からも百閒随筆の魅力がにじみ出てくる。「寄贈本」「署名本」を読むと、自分の著書を人に贈るのも簡単な話ではないことがわかる。受け取る側にもいろいろな人間がいるのだ。寄贈本の金額もばかにならないようだ。 私…

「の」の用法について

『続 折々のうた』読了。 続 折々のうた (岩波新書) 作者:大岡 信 岩波書店 Amazon 君や来む我や行かむのいさよひに槇の板戸も閉さず寝にけり よみ人知らず 『古今集』巻十四のこの歌について、次のような解説がある。 「……行かむの」の「の」はその上でのべ…

改革でなく、改善を。

入試改革はなぜ狂って見えるか (ちくま新書) 作者:物江潤 筑摩書房 Amazon ドラスティックな改革ではなく、既存の入試を踏襲しつつ漸進的な改善を目指す方が良いと考えます。既存の入試のくだらないところは積極的に改善し、素晴らしい点がより良くなるよう…

「ブルータス」がきっかけで、木山捷平を読む。

『ブルータス』という雑誌は面白い。ときどきは買うこともあるし、バックナンバーを図書館で閲覧したり、借りたりすることもある。今回借りて来た3冊の中の1冊が村上春樹の特集。 BRUTUS(ブルータス) 2021年 10月15日号 No.948 [特集 村上春樹 上 「読む。…

評論? 随筆?

日本近代随筆選1 出会いの時 (岩波文庫) 岩波書店 Amazon 編者(千葉俊二)による「解説」にもあるように、「随筆とはいかなる形式のもので、小説と随筆、評論と随筆はどのように違うのか」というのは難しい問題で、実際、この作品はどっちに分類したらいい…

笠のとがり

『折々のうた』は、当該季節の部分だけを読んだり、俳句だけを拾い読みしたり、と、いい加減な読み方をして来たが、まだらに読み残しができてしまうので、あらためて最初の巻から読み始めた。大岡信が短歌、俳句、詩(いわゆる現代詩)以外の作品にも目配り…

コペル君と「先生」

君たちはどう生きるか (岩波文庫) 作者:吉野 源三郎 岩波書店 Amazon 実は先月、腰痛治療(ヘルニア)のために入院した。手術は初めての経験で不安はあったけれど、とにかく耐え難いほどの激痛が何日も続いていたので、体にメスを入れることを躊躇している場…

古代の天皇の仕事

また、本棚に眠っていた本を引っ張り出して読んだ。丸谷才一「日本文学史早わかり」。 「万葉集」の巻第一の巻頭歌、雄略天皇の 籠もよ み籠持ち … この岡に 菜摘ます子 … と、それに続く舒明天皇の 大和には群山あれど とりよろふ天の香具山 … は、高校生の…

僕が棒を引いて読んだ所

批評っていうと、冷静になって、理性的な判断がだいじだとばかり考えて、愛情とか感動なんかはいらないように思っている人は、ぜんぜん、批評については知らない人だね。 本当の批評というものは、創造することだ。否定するんでなくて、つくり出すことだよ。…

芸術としての私小説

本棚に眠っていた、伊藤整の『改訂文学入門』(光文社文庫)を読んだ。本書は、「あとがき」に「私は、近代日本文学、特に私小説とヨーロッパ文学とを同時に満足させうるところの、芸術の本質はなにかということを、追求した。」とあるところからわかるよう…

字余りの法則

佐竹昭広著『古語雑談』を読むまで、本居宣長が発見したという「字余りの法則」というものを、僕は知らなかった。(これは国語の教師として恥ずかしいことなのかもしれないが。) 「字余りの法則」とは、字余りの句中には必ず単独の母音「あ」「い」「う」「…

文学部のスロープ

作者、北村薫は二度目の大学生活を、今度は女学生になり切って楽しんでいる。想像力を逞しくして。それを読みながら僕は僕で、自分の大学時代にタイムスリップして、懐かしい思い出に浸る。「文学部の長いスロープを校舎の方に上りながら」なんて一節に出会…

別嬪ではないが

日本文学100年の名作 第6巻 1964-1973 ベトナム姐ちゃん (新潮文庫) 新潮社 Amazon 木山捷平の「軽石」は、ほんわかと心が温まるいい話。主人公の正介のちょっと変人寄りの人柄も好ましいが、「もともと別嬪でないのは承知でもらった」というその妻のおおら…