人間の真実を描く掌編小説

大西巨人『日本掌編小説秀作選』(上・下)

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日本文学の精華を集大成したという趣の二冊だが、面白い作品を集めてみたらこうなりましたではなく、それらの作品群を貫いて一本の筋を通そうという編者の意図が強く感じられる。つまりは大西巨人という人間の個性が強く前面に表れたアンソロジーである。
作品の多くは、人間が秘め持つ暗部を容赦なく炙り出すといった体のものだ。美とか、感動とかではない、人間の負の側面に光をあてたような作品が多いと感じる。人間の真実から目をそらすな、というのが編者が通そうと意図した一本の筋であると、僕は読んだ。

 

詩人、蕪村

萩原朔太郎の「郷愁の詩人 与謝蕪村」を読んだ。これは詩人による俳句論としてなかなか面白い。また、朔太郎が自らの詩において何を追い求めたのかを探る手がかりともなる。

今や蕪村の俳句は、改めてまた鑑賞され、新しくまた再批判されねばならない。僕の断じて立言し得ることは、蕪村が単なる写実主義者や、単なる技巧的スケッチ画家ではないということである。反対に蕪村こそは、一つの強い主観を有し、イデアの痛切な思慕を歌ったところの、真の抒情詩の抒情詩人、真の俳句の俳人であったのである。ではそもそも、蕪村におけるこの「主観」の実体は何だろうか。換言すれば、詩人蕪村の魂が詠嘆し、憧憬し、永久に思慕したイデアの内容、すなわち彼のポエジイの実体は何だろうか。一言にして言えば、それは時間の遠い彼岸に実在している、彼の魂の故郷に対する「郷愁」であり、昔々(せきせき)しきりに思う、子守唄の哀切な思慕であった。実にこの一つのポエジイこそ、彼の俳句のあらゆる表現を一貫して、読者の心に響いて来る音楽であり、詩的情感の本質を成す実体なのだ。

以下、具体的に句を取り上げつつ、蕪村の句の和歌(とりわけ「万葉集」)あるいは近代西洋詩との親近性、芭蕉との資質の違い、などについて論じ、蕪村の句の魅力と独自性を浮かび上がらせている。

読んだ記録、読んだ記憶

このブログでは、本を読み終えたらその覚書として(かつて書いていた読書ノートの代わりとして)その本についての駄文をしたためる、ということを続けて来た。ごく少数ながらアクセスしてくれる人もいるし、何よりも自分のための読書記録として、やめるわけにはいかない。検索機能があるので、ブログを始めて以来、自分が誰のどんな本を読んできたか、すぐに確認できて、実に便利なのだ。

ところが、一応のルールとして、本一冊丸ごと読み終えたところで書く、と決めているから、たとえば短編集の中のいくつかを読んだという場合や、真ん中辺まで読み終えたところで中断したままになっている本については、基本的には書かない。となると、読んだことを忘れてしまうことにもなりかねない。記録を残す意味では「本」単位ではなく、「作品」単位でこまめに書き残した方が良いのかもしれない。

最近はつまみ食い的な読書がかなり増えている。というのは、新型ウイルスのせいで外出できない分、逆に授業関連の文章に目を通す時間が確保できているからだ。雑務に追われていたころはあれほど欲しかった教材研究の時間が、皮肉にもウイルスのおかげでポンと生まれて来た、という感じだ。そんなわけで、教科書とか問題集とかに採られている小説や評論に関連した文章、入試では定番の作品だから生徒には「作者名、覚えておけよ~」とか言っているけど、実は自分がどんな話か知らない(あるいは、昔読んだかもしれないけど忘れてしまった)小説などを、あれこれ読んでいる。

小説では、

 森鴎外阿部一族

 国木田独歩「武蔵野」「忘れえぬ人々

 室生犀星あにいもうと

 開高健「裸の王様」

 清岡卓行アカシヤの大連

など。詩では、

 萩原朔太郎月に吠える

など。

やはり評価の定まっている作品というのは、読みごたえがある。生徒にも読んでもらいたいと思う。そんな作品でも、読んだという記録を残しておかないと、記憶はだんだんと薄れていってしまいそうな気がする。

 

万葉集love💛な入門書

永井路子著、『今日に生きる万葉』は、『万葉集』愛に満ちた著者による、『万葉集』入門。 万葉の時代の人たちが、読む前よりも身近に感じられるようになる一方で、万葉の時代の男女のあり方(結婚観、生活様式)が、現代とは決定的に異なるものであったこと、そのことを前提に歌を読まなければならないことを教えられる。

 

作者の意図と鑑賞の自由

 国語科準備室の一番奥の本棚は、その前に雑多な荷物が山積みになっていたために、近づくことのできない聖域になっていたのですが、その雑物の主がこの3月末で転勤し、すっすかり片付いたのを機に、その本棚の扉を開けてみたら、何とそこには学燈社の『国文学—解釈と教材の研究』のバックナンバーがぎっしりと詰まっていたのでした。僕はその宝の山の中から、すぐに目的の一冊を見つけ出すことができました。
 というのは、前々回も、前回も取り上げた『紺の記憶』の話にまたなるのですが、その中の「名句とは」という文章の冒頭で、飯田龍太は、「こと俳句に限って、ここ一か年間のうちで、示唆に富むもっとも興味ふかい記事は、「国文学」(学燈社刊 平成3年11月号)の座談会「名句とは何か、鑑賞・批評とは何か」であった。」と書いているのです。その後、飯田龍太は尾形仂の、

私は「名句」というものを、きわめて公式的な言い方ですが、日本の風土と日本人の心を深く詠んで、万人の共感を博し得るようなもの、というように考えています。…

と始まる発言を引用して「まさに的確そのものの指摘である」と評していますが、飯田龍太自身も『紺の記憶』所収の文章の中で「名句とは」について言及しているのは、前々回の記事に引用した通りです。


 僕もさっそく龍太が「もっとも興味ふかい」と評した記事を読んでみました。参加者は、尾形仂、大岡信、川崎展宏、森川昭、山下一海の六氏。僕もまた、興味深く読みました。印象に残ったのは、山下一海の次の発言。

研究家が、当時の作者の意図をあまりにも正確に測定してしまうと、鑑賞の余地をなくしてしまう結果になる。正確がいけないというんじゃないですが、研究家は鑑賞の自由を許容しなきゃいけない。文学の研究は、事実はこうだったということを正確に測定したうえで、さらにそれをバネとして自由に想像力を広げる余力をもっているものでなければいけないと思います。

 作者の意図と読者の解釈・鑑賞の不一致というのは、おそらく文学にとっての永遠の課題の一つといえるでしょう。

 

「自粛」の時代

 昨日取り上げた飯田龍太の随筆集『紺の記憶』には、井伏鱒二との思い出を語り、その作品に触れた文章が何編か収められています。「余韻豊潤」もその中の一つです。僕はそこで取り上げられている「釣宿」という随筆に強く興味をそそられ、久々に井伏の文章を読みたくなりました。これは『早稲田の森』という随筆集に収められています。(久々に本棚から取り出してみたら、こんなに変色していました。)

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 読み始めると、ぐんぐん井伏ワールドに引き込まれてしまうのですが、作中「自粛」という言葉が出て来たところでは、ふと立ち止まって考えこんでしまいました。
 これは「釣宿」という題名からも想像できる通り、釣好きだった井伏の思い出の中の出来事のいくつかが語られるのですが、その中にこんな一節があるのです。

戦争中から戦後にかけて、数年間というもの私は河津川に行かなかった。太平洋戦争になる前の、仏印占領の戦争のころでも釣は遠慮しなければいけなかった。私はそんな経験はなかったが、私の釣友達は釣支度で駅へ行く途中、見知らぬ通行人に呼びとめられて非国民だと面罵されたそうだ。また、どこかの人が釣をしているところを密告されて呼出され、工場へ徴用されたという話も聞いた。幾ら釣をしたくっても、自粛していなくてはいけなかった。

 戦争と、ウイルスと、同一視はできませんが、かつてはこんな時代もあったのだと、今の状況と重ね合わさずにはいられません。
 「自粛」という言葉はこの後にも続けて出てきます。

石田屋の隠居は戦争中になくなったそうだ。釣にも増して賭けごとが好きでたまらなかった隠居だが、村長時代は責任のある身だから固く自粛した。晩年は戦争中だから止むなく自粛して、思いながらも何十年間に及んで博奕をすることが出来なかった。だから臨終のとき、家族の者をはじめ親戚一同を枕元に集め、咽から手の出るほど好きな博奕をさせた。隠居はそれを見ながら息を引きとったという。土地の釣師がそう云っていた。(中略)冥途の土産に博奕を見るとは、よくせき自粛に自粛を重ねていたに違いない。

 「石田屋」というのは井伏が伊豆の河津川に鮎釣りに出かけた際に利用した旅館です。「土地の釣師」の話に、さらに井伏流の脚色が施されて出来上がった話には違いありませんが、それにしても確かにこんな人もいたのであろうということが、こんな世情だからこそ胸に響きます。
 自分の好きなことに、誰にはばかることもなく打ち込めるという状況が当たり前なのだ、という考え方を改めなくてはならないのでしょうか。それとも、それが当たり前の状況をまた取りもどさなくてはならないのでしょうか。今回の世界中での自粛は、CO²排出量の減少につながっているようですが、地球温暖化を食い止めるには、このくらいの行動抑制を長期間継続することが求められているのかもしれません。ウイルス問題が解決したとしても、僕たちの生活がすべてもとに戻ってしまって良いのか、と疑問に感じます。
 いずれにしても、環境問題なども絡めながら、新しい価値観を模索しなくてはならない時代に、今僕たちは生きているのだということをはっきりと自覚すべきなのだと思います。

名句とは、秀句とは

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しばらく読みかけのままになっていた飯田龍太の随想集『紺の記憶』を久々に開いてみたら、面白くなって最後まで一気に読んでしまいました。これは、もう15年くらい前、職場の先輩からいただいた本。特に俳句の愛好家でもない生物の教師が、どういうきっかけでこの本を読むに至ったか、なにか話があったはずなのですが、思い出せません。

  世の秀句とか名品といわれる俳句は、そこに用いられた季語が、歳時記にあるときよりはるかにいきいきとした生命(いのち)を持ち、その作品だけに許された季語という印象を与える。しかもその表現は至極平明で、いわれてみると、成程と合点する。つまり、うっかり忘れていたものをひょいと差出されたような気分になる作品である。ただし、その平明さの中には、きびしく類型を拒否する断定の強さが秘められているのが一般。その要にどっしりと季語が据わる。そのとき、歳時記の説明を超えて、季語のいのちが生動する。 (季語について)

 
(詩、俳句の)秀品名作と称するものは、すべて平明である。詩人俳人であると否とにかかわりなく、誰もが理解しえて、誰のこころにも感銘共感を与える作品である。わけても俳句は、古今、この原則を貫いている。誰もが感じていながら、いままで、誰もいわなかったことを、ずばりと言い止めた俳句。それが名句の最大の条件である。 (衆と平明と)