ロンドン、ロンドン

今日は、ロンドンの日。

上野の西洋美術館で開催中の「ロンドン・ナショナルギャラリー展」を観てきた。

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会期終了のぎりぎりになって、やっぱり観ておきたくなって、日時指定のチケットの空き状況をネットで調べたら、昼間の枠はすべて完売、夜の時間帯にかろうじて予約できる枠が残っていたのだ。上野駅構内で早めの夕食を済ませてから、会場に向かう。
今回はyoutubeや画集で予習してあり、重点的に観ようと思う作品がいくつか決めてあった。
クリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」、ターナーの「ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス」など。いずれも大作で、期待に背かず見応えのある絵だったが、小さいながらも魅力的で印象に残った作品もある。コローの「西方より望むアヴィニョン」、ゴーギャンの「花瓶の花」などだ。
今回のフェルメールは良いとは思わないし、ゴッホの「ひまわり」は名作に違いないが、それ以上に話題性が突出しているように感じた。


もう一つのロンドン。
美術館からの帰り、上野東京ラインの電車の中で、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み終えた。もっと旅を続けていて欲しいのに、もっと読み続けていたかったのに、旅はロンドンにて終了。筆者は、正面にナショナル・ギャラリーの建物が見えるトラファルガー広場に立つが、中には入らなかったようだ。(いや、書かなかっただけかもしれない。『深夜特急』は紀行文とはいえ、いくらかの脚色はあるようだからだ。) 

 

人生観を変える旅

 14年ぶりに、沢木耕太郎の『深夜特急』の続き(2巻~)を読み始めた。第1巻をあんなに面白がって読んだのに、

https://mf-fagott.hatenablog.com/entry/20060517

なぜかずいぶん間隔があいてしまった。

深夜特急3―インド・ネパール― (新潮文庫)

深夜特急3―インド・ネパール― (新潮文庫)

 

  遠出のしにくい日々が続いているせいか、これを読んでいると外に連れ出されたようなスリルと爽快感を味わえて、どんどん読み進む。

 今、インドから国境を越えてパキスタンに向かおうとしているところ。いあや、インドはすさまじかった。人生観を変えようと思ったら、インドに行くべきかもしれない。日本では思いもよらないことが次々に起こる。

 仏陀が悟りを開いたというこの村は、皮肉にも天然痘の最新流行地のひとつだった。髪の長かった食堂の少年が、翌日会うと一本の弁髪を残して丸坊主になっている。昨日、妹が死んだからだという。インドでは近親者が死ぬと男はこのように頭を丸めるものらしい。そう知ってあたりを見廻すと、どんなにその頭の多かったことか。少年のいれてくれたチャイを飲みながら、妹さんが死んだ原因を訊ねると、やはり天然痘だという。日本の厚生省の役人が聞いたら卒倒してしまうかもしれない。妹が天然痘で死んでいるというのに、兄は隔離もされず、しかも客に飲食物を出している。

  ブッダガヤでは、身の周りにそんなことがいくつも転がっていた。(第4巻、第10章 峠を越える)

 インドでは新型ウイルスが猛威を振るっているようだが、沢木耕太郎が旅した頃と、衛生環境はあまり変わっていないのかもしれない。そうだとしたら、あれほどの感染者が出てしまうのも当然ということだろう。感染症の流行と貧困問題は切り離すことができない。

 

ピンチをチャンスに

村上陽一郎編『コロナ後の世界を生きる―私たちの提言』(岩波新書)を読んだ。 

 コロナ禍を脱し、早く平常の生活が戻ってほしいと思うのはもちろんだが、コロナの経験が我々にとって少しでもプラスをもたらした、と思えるような新しい時代を迎えたいと思う。ピンチをチャンスに変えようという発想と、そのための具体的なアイデアを互いに共有できると良いと思う。  

今日の社会に必要な理念の一つ、それも重要なそれは「寛容」ではないか。(中略)私は「寛容」の定義の一つとして、人間が判断し行動するとき、「ベター」と思われる選択肢を探すべきであって、「ベスト」のそれを求めるべきではない、というルールを認めることである、と書いておきたい。今回のヴィルス禍によって、社会のなかに少しでも、こうした「寛容」を受け容れる余地が広がるとすれば、不幸中の幸いではなかろうか。  (村上陽一郎「COVID-11から学べること」)

今回の危機を契機に多少は良い方向へ向かうかもしれないのが環境問題である。(中略)今回のパンデミックは、環境を重視する政策をとると、経済的にどのくらいマイナスが出るのか、それは一般市民がひどい打撃を受けるほどひどいものなのか、それとも社会が背負っていける程度のものなのかを憶測ではなく、「実験結果」として残せるチャンスでもある。 (多和田葉子「ドイツの事情」)

パンデミック下で、温室効果ガス排出量や環境汚染がかなり低減したという報告が数多く出ている。これを未来城の新しい現実にするために、私たちはライフスタイルを変えるのだろうか? エネルギーや食料をより賢明な方法で入手するようになるのだろうか? あるいは、これまで通りのライフスタイルを続けるのか? (マーガレット・アトウッド「塀を飛び越える」)

 

商品としての絵画

池田満寿夫美の値段』を読んだ。
タイトル通りの内容。値段がつかない美術品はない。もちろん、美術作品の値段はその芸術的な評価と単純に比例して高かったり低かったりするわけではない。そのからくりが興味深い。

絵画にとって、画商の果たす役割の極めて大きいこと、絵の売買は作者と直接ではなく画商を介して行うべきだというのは、先に読んだ窪島誠一郎も『絵をみるヒント』の中で繰り返していたことで、立場の異なる二人が同じことを主張しているのは面白いと思った。

次に引用するような、絵に対する日本人独特の好尚に関しては、筆者は現代美術の担い手の一人として、大いに不満を感じているような書きぶりである。

日本人は、絵というと、風景でも静物でも人物でも、とにかく対象を写した自然主義的な絵であり、リアリズムであり、なかでも印象派風の絵のことを思うに違いない。決して、何が描いてあるか分からないような抽象的な絵を誰も思い浮かべることはないだろう。
どうしてかと言うと、日本人は印象派の絵を数多く見なれているからであり、見なれているということは、それだけ印象派の、あるいは印象派風の絵がたくさんあるからである。印象派の絵というのは多くの人にとって絵というものの普遍的様式にまでなっている。

日本にとって現代美術はいまでにピカソマチスで、やっとカンディンスキーやクレーが購入されはじめたが、モンドリアンは一、二点しかはいっていない。戦後の世界を席巻したアメリカの現代美術を日本の美術館はまったく無視してきたのだ。

世界で今一番魅力のあるのが現代美術である。これほど多様で自由だった時はないからだ。しかし、日本のマスメディアは、現代美術を積極的に取りあげようとしない。テレビの美術番組も相変わらず印象派とエコール・ド・パリばかりで、せいぜいピカソ止まりだ。だから、現代美術と名のつく展覧会は美術館でもカンコ鳥が鳴いている。

初版発行が1990年。既に30年が経過した現在の状況は、ここに書かれているものと多少は変わっている可能性はある。相変わらず印象派が大人気なのは、今でも変わらないようだけれど。

 

絵画は自分の記憶を引き起こす

窪島誠一郎の『絵をみるヒント』を読んだ。

絵をみるヒント(増補新版)

絵をみるヒント(増補新版)

 

 「水商売出身の美術館屋」と自称する著者だからこそ書ける、絵画と美術館への愛。

群馬県桐生市の大川美術館と長野県東御市の梅野記念絵画館には、チャンスがあったら行ってみたいと思った。

何気なく一枚の絵の前に立ったとき、その絵のなかにひそんでいる画家の「記憶」に誘われ、いつのまにか絵をみるこちら側の「記憶」までがひきおこされてくる、そして、その「記憶」の蓄積の上に生きている現在の自分自身の姿がみえてくる、それが「絵をみる」、あるいは「絵を読む」ことなのだと気づかされるのです。

 

 

幻の名作?

 井伏鱒二仕事部屋』(講談社文芸文庫)は、井伏鱒二初期(昭和初期)の作品群を収めたもの。この中のほとんどの作品が筑摩の旧「全集」にも「自選全集」にも収められていなかった(つまり、井伏自身によってはじかれていた)ため、この文庫は読みたくても手に入れにくい作品を世に出したものとして発売当初(1996年、僕が購入したのもその直後)は貴重な存在であった。今では、新しい全集がこれらすべてを収めているようではあるが、全集というのは28巻ともなるとそう簡単に手を出せるものではないので、文庫というのはやはりありがたい存在ではある。

仕事部屋 (講談社文芸文庫)仕事部屋 (講談社文芸文庫)

 

 僕はこの本を購入しただけで満足してしまったようで、今回読んでみると、さすがに「丹下氏邸」と「」は「自選全集第一巻」にも収められている「名作」であって、以前読んだときの記憶が蘇ってきて懐かしかったが、それ以外はどれも初めて読むもののようであった。
 これらの作品が、全集からはじいてしまうには惜しいだけの、井伏らしい魅力を湛えた作品であることは確かだし、昭和初期の文壇の動向の一断面を見せてくれるという点で、興味深い研究対象であることは間違いない。しかし、「幻の名作」というような評言(裏表紙にそう書いてある)が妥当なものであるのかは、疑問の残るところである。現代の読者の多くが「文学」あるいは「小説」に求めるもの(それは人さまざまだろうが)が、ここにはあるだろうか。

 小説は、娯楽で良い。幸福なひと時を過ごさせてくれさえすればそれで良い。しかし一方で、複雑な時代をよりよく生きていくための支えであってほしいとも願う。そんな僕にとって、ここで出会った作品群は、どちらの点でも少々物足りないと感じてしまったのは事実である。

文章家、つげ義春

  つげ義春の文章が魅力的であることは以前書いた(→もっと読みたい、つげ義春の文章 )が、今回エッセイ集『苦節十年記/旅籠の思い出』(ちくま文庫つげ義春コレクション)を読んで、そのことを再認識した。読み応えがある文章が多くある中でも、特に良かったのが「妻のアルバイト」。エッセイとして読んでも、短編小説として読んでも、一級品を読んだ充実感を覚える。読後にじわっと幸福感が湧いて来る。
 つげ義春がこれほどの書き手であるということは、相当な読み手でもあるはずだ。
つげ義春自分史」に次の記載がある。

1966(昭41)年 29歳
 白土三平のマネージャーをしていた岩崎稔氏に井伏文学を教えられ、魅了される。

1967(昭42)年 30歳
 井伏文学に影響され、しきりと旅行をするようになる。唯一の友人、立石氏と能登、飛彈、秩父、伊豆、千葉等へ遊ぶ。
 秋に単独で東北へ大旅行する。旅の強烈な印象をもつと同時に湯治場に魅かれる。旅に関連する本や、柳田国男宮本常一などを好んで読む。

 文章家としてのつげ義春は、こうした豊富な読書体験を肥やしに生まれてきたに違いない。もっともっと書いてくれないかなあと思う。