現代短歌の多様性

万葉集』なら、「素朴、おおらか、ますらをぶり」、『古今和歌集』なら、「優美、理知的、たをやめぶり」というような言葉で、その時代の作品群の歌風を言い表すことが定着しているが、「現代短歌」の時代を後世に振り返ったとき、どういう言葉でその特徴を言い表すことになるのだろうか。あまりにも多様な作品群にかぶせる言葉を見つけることは不可能なのではないだろうか。


本書は「昭和二〇年代後半におこった前衛短歌運動を境目とし」、それ以降を「現代短歌」と括っているが、その中には、

冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ   佐藤佐太郎

もあれば、

サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいわみしい   穂村弘

もある。実にバラエティーに富んでいて、そこが現代短歌の興味の尽きない点であると思う。しかし、筆者も言うように、現代の作品というのは「歴史という時間の濾過作用をうけていない」。この先何十年、何百年という年月を経る中で、あるものは淘汰され、残された作品群にかぶせる言葉がおのずから表れてくるということもあるのかもしれない。