小説

小説について書かれたものを読むことの楽しさ

漱石の『こころ』と言えば、高校の現代文の教科書中の定番であり、名作中の名作のように崇め奉られているのだが、坂口安吾の手にかかってはひとたまりもない。 私はこの春、漱石の長編をひととおり読んだ。…私は漱石の作品が全然肉体を生活していないので驚…

夢見る男

久々に読む「百年文庫」。 (042)夢 (百年文庫) 作者:ポルガー,三島由紀夫,ヘミングウェイ 発売日: 2010/10/12 メディア: 文庫 ポルガーは初めて読む作家。三島由紀夫の「雨のなかの噴水」は、以前、他のアンソロジーで読んだのでこれが2度目。ヘミングウェ…

幻の名作?

井伏鱒二『仕事部屋』(講談社文芸文庫)は、井伏鱒二初期(昭和初期)の作品群を収めたもの。この中のほとんどの作品が筑摩の旧「全集」にも「自選全集」にも収められていなかった(つまり、井伏自身によってはじかれていた)ため、この文庫は読みたくても…

国木田独歩の代表作は?

大学入試にしばしば出題される、「国木田独歩の代表作を次の選択肢の中から選びなさい」、という問題の答えがほぼ例外なく「武蔵野」である、というのは、不思議と言えば不思議。 短編小説作家、独歩の本領が発揮された作品を選ぶとしたら、「酒中日記」か、…

人間の真実を描く掌編小説

大西巨人『日本掌編小説秀作選』(上・下) 日本文学の精華を集大成したという趣の二冊だが、面白い作品を集めてみたらこうなりましたではなく、それらの作品群を貫いて一本の筋を通そうという編者の意図が強く感じられる。つまりは大西巨人という人間の個性…

読んだ記録、読んだ記憶

このブログでは、本を読み終えたらその覚書として(かつて書いていた読書ノートの代わりとして)その本についての駄文をしたためる、ということを続けて来た。ごく少数ながらアクセスしてくれる人もいるし、何よりも自分のための読書記録として、やめるわけ…

佐藤正午は一気に読め

岩波文庫的 月の満ち欠け 作者:正午, 佐藤 発売日: 2019/10/05 メディア: 文庫 気になっていた佐藤正午の『月の満ち欠け』を読みました。 構成的には非常に凝った小説で、読んでいると頭がこんがらがってきますので、これから読む人は以下のことを頭に置きな…

中島敦展

神奈川近代文学館で開催中の「中島敦展―魅せられた旅人の短い生涯」を観て来た。 「文芸ストレイドッグス」なるものの影響か、いつもより若い女の子が多いような気がした。会場に用意してあるワークシートに記入して売店で見せると、その文芸ストレイドッグ…

太宰治と三島

何年か前、文学散歩の仲間と三島の街を歩いたことがある。桜川という川に沿って文学碑が立ち並んでいるところがあって、その時の写真を見ると、井上靖、大岡信、芭蕉、子規などの作品を彫った句碑、詩碑が多数立っていることがわかるが、その中に太宰治のは…

島尾文学と夢

島尾敏雄の『過ぎゆく時の中で』というエッセイ集が、本棚の中で眠っていた。昭和58年発行。たぶん教材研究のために買ったのだと思う。「横浜生まれ」という文章に印が付いている。「横浜出身の作家だよ~」とか言って、生徒の興味を惹こうとたくらんだのだ…

夢の手法

島尾敏雄の『夢の中での日常』を読んだ。買ったのは学生時代か、勤め始めてすぐの頃か。すっかり日焼けして、ページの奥の方まで色が変わってしまっている。最近は、そんな本を本棚から引っ張り出してきて読むことが多い。読むべき本は、新刊書店の棚よりも…

掘り出し物

俳人、石川桂郎の名前は知っていた。気に入った句を書き溜めてあるファイルの中に、 釣堀がこんなところに雨の旗 が見つかった。平井照敏編の『現代の俳句』の中にも取り上げられている俳人だ。この人が小説家として優れた作品を残していることは、『名短編…

中学生に読ませたい小説

教科書名短篇 - 少年時代 (中公文庫) 作者: 中央公論新社 出版社/メーカー: 中央公論新社 発売日: 2016/04/21 メディア: 文庫 この商品を含むブログを見る これは中学校の国語の教科書に掲載された短編小説を集めた本。教科書に載るだけのことはあって、さす…

教室で読む短編小説

このところ、日本の短編小説を読むことが多い。 昨年度一年間、文学作品に親しんでもらうために短編小説を一編ずつ読んでいく、という授業を担当していた。その準備のために、いろいろな作品を読んだ。多くは国語の教科書に載っている作品だったが、初めて読…

珈琲小説

豆大福と珈琲 (朝日文庫) 作者: 片岡義男 出版社/メーカー: 朝日新聞出版 発売日: 2019/04/05 メディア: 文庫 この商品を含むブログを見る 古本屋で探して読もうと思っていた片岡義男の『豆大福と珈琲』が、文庫になったのはありがたい。『珈琲が呼ぶ』が売…

図書館の蔵書検索機能は便利だ

片岡義男の小説を読んでみようと思った。とりあえず最寄りの図書館にあれば借りようと思って、横浜市立図書館の蔵書検索ページで探しているうちに、わざわざ図書館まで出かけなくても、家にある本の中にも片岡義男の短編小説を収めたものがあることがわかっ…

女性の俤

恋と呼べるほどにも育っていない女性へのほのかな想いは、突如その女性が姿を消してしまうことで、喪失の悲しみに変わる。いや、女性の不在という現実が、女性に対して想いをいだいていた自分自身に気付かせる。そして、女性の俤はいつまでも心の中で消える…

転校という異文化交流

「百年文庫」の91巻(テーマは「朴」)を読んだ。 朴 (百年文庫) 作者: 木山捷平,中村地平,新美南吉 出版社/メーカー: ポプラ社 発売日: 2011/09/01 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る 新美南吉の「嘘」は、不思議な転校生がやってきて、教室の空…

異物としての主人公

島尾敏雄の短編集『硝子障子のシルエット』を読んだ。 硝子障子のシルエット―葉篇小説集 (講談社文芸文庫) 作者: 島尾敏雄 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 1989/10 メディア: 文庫 クリック: 1回 この商品を含むブログ (5件) を見る この中のいくつかは若…

「なると気分」

小説は君のためにある (ちくまプリマー新書) 作者: 藤谷治 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2018/09/06 メディア: 新書 この商品を含むブログ (1件) を見る 『小説は君のためにある』の中に、「文学」と呼べる文章と呼べない文章の違いについて説明した、…

読みの自由

小説は君のためにある (ちくまプリマー新書) 作者: 藤谷治 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2018/09/06 メディア: 新書 この商品を含むブログ (1件) を見る また、筑摩プリマ―新書。藤谷治の『小説は君のためにある―よくわかる文学案内』を読んだ。 僕た…

大迫、パねえ?

「大迫半端ないって!」が流行語になるとか、ならないとか、そんなことどうでもいいけど、次の試合でも誰かが半端ない活躍を見せてくれることを期待しよう。 で、今日、原田マハの『生きるぼくら』という小説を読んでいたら、こんなセリフが出てきた。 「ま…

空白を埋める

僕は途方に暮れてしまう。 今読み終わった村上春樹の『スプートニクの恋人』について、僕は何を書けばよいのだろう。 小説の中の、数え上げればきりがないほど散りばめられた謎の中の、一つだけでも解き明かすことができたなら、充実した読書体験だったと納…

村上春樹が漱石と並ぶとき

読んで、「面白かった」とか「期待外れだった」とかの「感想」で終わらせてしまうことができない何かが、村上春樹の作品にはある。「何か」とは、平たく言えば「わかりにくさ、むずかしさ」ということになるかもしれない。そんな難解な作品が、ノーベル賞候…

初めての原田マハ体験

『楽園のカンヴァス』読了。ミステリーや冒険小説を読むようなワクワク感を味わわせてくれる一方で、読者を陶然とさせるファンタジーの雰囲気も漂う。国境を越えた切ない恋の物語としても読める。 そして、西洋絵画に興味を持つ読者にとっては、業界の裏側を…

文豪と閨秀作家

硝子戸の中 (新潮文庫)作者: 夏目漱石出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1952/07/22メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 7回この商品を含むブログ (35件) を見る 「人格者」、「大人」というイメージの夏目漱石だが、こんなエピソードを読むと、漱石ほどの人で…

音楽とイメージ

蜜蜂と遠雷作者: 恩田陸出版社/メーカー: 幻冬舎発売日: 2016/09/23メディア: 単行本この商品を含むブログ (60件) を見る 音楽を言葉で伝えることは難しい。例えば指揮者がオーケストラの団員に演奏してほしい音のイメージを伝えようとするとき、歌ってしま…

カズオ・イシグロと漱石

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)作者: カズオ・イシグロ,土屋政雄出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2008/08/22メディア: 文庫購入: 32人 クリック: 197回この商品を含むブログ (342件) を見る 読んでいるうちに、漱石の『こころ』と重なる面があると…

批評と新しい表現と

火花 (文春文庫)作者: 又吉直樹出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2017/02/10メディア: 文庫この商品を含むブログ (24件) を見る 最初の方は文章が生硬な印象で、この先大丈夫かなと不安もあったが、読んでいるうちにそれも気にならなくなり、作品に引き込ま…

文学と生活

文学に興味を持つようになったきっかけは、と聞かれれば、高校の現代国語の教科書に載っていた島尾敏雄の短編(題名を忘れてしまったので、今調べてみたら「いなかぶり」だった)を読んで文学というものの奥深さに触れたからだなどと答えたりしていたのに、…