小説

ないもの、あります

小川洋子とクラフト・エヴィング商會による『注文の多い注文書』という不思議な本を読んだ。 「さて、ここはいったい本の中の世界なのか、夢やまぼろしの異界なのか」と首を傾げたくなるような狭い路地の奥にクラフト・エヴィング商會は店を構える。この店は…

五月の風のような

エイジ (朝日文庫)作者: 重松清出版社/メーカー: 朝日新聞社発売日: 2001/07/01メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 3回この商品を含むブログ (26件) を見る 五月の風のような、さわやかな感動を覚える物語。 この清々しい読後感はどこから来るのか? 一人の…

さすがに本屋大賞受賞作

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)作者: 湊かなえ出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2010/04/08メディア: 文庫購入: 31人 クリック: 1,085回この商品を含むブログ (483件) を見る生徒に面白い本だと教えられて読んでみた。湊かなえは、高校生に人気のある作…

知識か、経験か

『クローディアの秘密』を読んだ。名作である。クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))作者: E.L.カニグズバーグ,E.L. Konigsburg,松永ふみ子出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2000/06/16メディア: 単行本購入: 8人 クリック: 41回この商品を含むブログ (…

あけましておめでとうございます

今年はまず、昨年末に読み始めてまだ少し読み残してあった三浦哲郎の『ふなうた 短編集モザイク1』を読んだ。以前、『みちづれ 短編集モザイク2』を感心して読んだ記憶があるのだが(→そのときの記事)、これもまた期待を裏切ることなく、短編小説の魅力を存…

(009)夜 (百年文庫)作者: カポーティ,吉行淳之介,アンダスン出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2010/10/12メディア: 文庫 クリック: 4回この商品を含むブログ (2件) を見る 今年の冬至は12月22日だそうだから、ここ数日が一年でもっとも日が短い時期、太…

一筋の光

今年のヨコハマトリエンナーレの着想のもととなったという『華氏451度』を読んでみた。SFを読むのはずいぶん久しぶりだ。子供のころは、SFに興味があり、ジュール・ベルヌやF・ブラウンなどを読んだが、レイ・ブラッドベリの作品を読むのは、これが…

現実の中の非現実

穴作者: 小山田浩子出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2014/01/24メディア: 単行本この商品を含むブログ (24件) を見る 第150回芥川賞受賞の『穴』(小山田浩子)を読んでみた。 主人公の「私」と夫は、夫の両親の隣の家に引っ越すことになる。その家とは、夫の…

愚直に貫くこと

(094)銀 (百年文庫)作者: 堀田善衞,川崎長太郎,小山いと子出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2011/09/12メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログを見る 先日の小田原文学散歩で名前が出てきた川崎長太郎という作家を読んでおこうと思ったのだ。「…

牧野信一を読んでみる(その6)

「百年文庫」の中には牧野信一は入っているだろうか。入っているとしたら、どんな作品だろう。図書館の棚に並んだ「百年文庫」の背表紙を端からチェックする。あった、牧野信一。開いて中を見ると、作品名は「天狗洞食客記」。いかにも妖しい題名。さっそく…

牧野信一を読んでみる(その5)

「淡雪」は、自伝的な小説であり、作中の新吉が幼いころの牧野自身であるということを知った上で読み始めるのでないと、人物名が次々と出てきて、何が何だかわからなくなる。僕の場合がそうだった。二度目には家系図のようなものを書きながら読んでみたが、…

牧野信一を読んでみる(その4)

またまた、牧野信一について… 今日、「英語で読む村上春樹」のテキスト(4月号)を読んでいたら、こんな記述に出会った。 …一般的にファンタジーという言葉から連想するのは、確かに幻想的な世界であり、ディズニー作品に代表されるハッピーエンド的な物語を…

牧野信一を読んでみる(その3)

「鬼涙村」。「きなだむら」と読む。 「ゼーロン」同様、現実と虚構が入り混じったような、風変わりな小説。田舎者たちの醜悪な容貌やしぐさのリアルな描写と、胸にイチモツ隠し持っているような彼らの言動は、読者に嫌悪感を感じさせずにはおかないが、不思…

牧野信一を読んでみる(その2)

牧野信一の代表作と言われる「ゼーロン」を読んでみた。 作中に登場するヤグラ嶽(矢倉岳のことだろう)には20年ほど前に一度登ったことがあり、そのあたりのおよその地形図は今でも頭に描けるほどだが、自分の記憶の中の映像を頼りに作品の舞台のイメージ…

牧野信一を読んでみる(その1)

来週の日曜日は小田原文学散歩だ。 その主催者から宿題が出ている。 「小田原ゆかりの作家、牧野信一の一編を読んでおくこと。」 僕には、今まで牧野信一を読んだ記憶がない。今日は青空文庫からiPadにダウンロードして、短編数編を読んでみた。青空文庫はこ…

風の強い日曜日には

新装版 パン屋再襲撃 (文春文庫)作者: 村上春樹出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2011/03/10メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 4回この商品を含むブログ (20件) を見る 村上春樹がノーベル賞に値するような偉大な作家なのかどうか、僕にはわからない。とい…

異界への憧れと憎悪

井上靖の短編集『少年・あかね雲』を読んだ。 井上靖の幼少年期を描いたもの、とはいえ、実体験をほぼ忠実に再現したと思われるエッセイ風のものから、虚構性の強いものまで、様々である。ほぼすべての作品に共通するのは、山村に暮らす子どもの、大人の世界…

不確かな境界線

終の住処作者: 磯崎憲一郎出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2009/07/24メディア: 単行本購入: 9人 クリック: 150回この商品を含むブログ (94件) を見る 全く予備知識なしで読み始めた。というのは不正確な言い方で、題名とカバーの写真だけから自分好みの作品…

げんごしょうがい

「先生、ももクロって知ってる?」 「知ってるよ、歌って踊るヤツだろ。ももいろクローゼットの略だよな。」言語小説集作者: 井上ひさし出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2012/03メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 28回この商品を含むブログを見る国語の教…

幸運を引き寄せる力

『水のかたち』下巻、読了。水のかたち 下作者: 宮本輝出版社/メーカー: 集英社発売日: 2012/09/26メディア: 単行本この商品を含むブログ (8件) を見る能勢志乃子は、その幸せを彼女一人の力で掴み取ったのではないが、それは彼女だからこそ呼び寄せることが…

道義の問題ではなく

宮本輝『水のかたち』上巻、読了。 主人公の名は、能勢志乃子。 僕と同年生まれで、ちょうどウチと同じくらいの年頃の子どもが三人いる、というだけでも親近感を覚えるが、趣味や考え方にも少なからず似たところがあるような感じがして、僕はこの女性を赤の…

子供を描いた大人の文学

蕾 (百年文庫)作者: 小川国夫,プルースト,龍胆寺雄,Marcel Proust出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2011/04/01メディア: 単行本 クリック: 3回この商品を含むブログを見る龍胆寺雄という未知の作家の『蟹』。 昭和初期という時代への郷愁か、誰もが通った子…

風 (百年文庫)作者: 徳冨蘆花,若山牧水,宮本常一出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2011/08/01メディア: 単行本この商品を含むブログを見る徳富蘆花「漁師の娘」 宮本常一「土佐源氏」 若山牧水「みなかみ紀行」 いずれも、かつて日本にはこんな時代があった…

子供たちの晩餐、その後

江國香織の短編、「子供たちの晩餐」は面白い教材だ。つめたいよるに (新潮文庫)作者: 江國香織出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1996/05/29メディア: 文庫購入: 12人 クリック: 209回この商品を含むブログ (144件) を見るママとパパの留守に、4人の子供たち…

深淵を覗く

(011)穴 (百年文庫)作者: カフカ,長谷川四郎,ゴーリキイ出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2010/10/12メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 7回この商品を含むブログ (1件) を見る先日読んだルイス・サッカーの『穴』には明るい結末が待っていたが、こちらの『…

HOLES

ルイス・サッカーの『穴』を読んだ。昨年、『ブルータス』でその存在を知って以来、気になっていた本だ。穴 HOLES (講談社文庫)作者: ルイス・サッカー,幸田敦子出版社/メーカー: 講談社発売日: 2006/12/15メディア: 文庫購入: 14人 クリック: 60回この商品…

美しい悪夢

百年文庫で未知の作家を知る楽しみ… 今回は、ロシアのワシーリイ・エロシェンコ。作家について何も知識のない読者にとって、巻末の「人と作品」はありがたい。平明で簡潔な文章の中に作家の輪郭を浮かび上がらせる書き手の手腕にいつも感心させられる。 盲人…

新潮文庫の白黒の太宰

今度の週末は、前の職場の仲間たちと三鷹に、太宰治のゆかりの地を訪ねることになっている。 目的地の一つである太宰治文学サロンでは、「三鷹時代の短篇傑作『ヴィヨンの妻』」という企画展をやっている。それで、今日はその予習というわけで、「ヴィヨンの…

善意の人びと

現代文の教科書に載っていた「待合室」が、授業でとりあげてみたら思った以上にいい教材だった、という話をしたら、もと同僚のTさんが、内海隆一郎はいいよ、僕は好きだよ、と言うので、僕も読んでみた。 こういう善意に満ちた人々の登場する小説を読んでい…

後ろ向きの情念

現代文の教科書に載っている沢野ひとしの「初恋の人にあげた本」は、やってみると意外と教材として使えるのだった。そこで読んでみたのがこの本。「初恋の…」はこの中の一篇。転校生 (角川文庫)作者: 沢野ひとし出版社/メーカー: 角川書店発売日: 1996/06メ…