現実の中の非現実

穴

 第150回芥川賞受賞の『穴』小山田浩子)を読んでみた。
 主人公の「私」と夫は、夫の両親の隣の家に引っ越すことになる。その家とは、夫の両親が敷地内に持つもう一軒の家で、借家にしていたのだが、今はちょうど借り手が出て行ったところで、「じゃあうちの隣に住めば?」という姑の言葉でことは進んでいくのである。
 …という話の発端が、僕自身の30年近く前の状況とよく似ているということもあり、何だか人ごとではないような感覚で話に引き込まれていった。途中から、明らかに現実には起こりそうもない出来事が起こったり、この世にいそうもない人間やら動物やらが登場するのだが、それらを作りものだとして笑い飛ばせないどころか、身につまされるような気さえしてしまうのは不思議だ。
 そんな気がするのは、それらの出来事やら人物やらが、荒唐無稽のようでありながら、むしろ現実の中の本質を見せつけるために、現実をカリカチュアライズしたものだからなのかもしれない。
 あるいは、この小説の視点人物である主人公「私」の、あらゆる出来事を一貫して肯定的に受け入れる姿勢が、読者を非現実へとスムーズに導き入れてしまうのかもしれない。
 現実の中に非現実が入り込む作品というざっくりした捉え方が許されるならば、最近読んだ、磯粼憲一郎牧野信一と(作風はそれぞれ異なるが)通じるものがあるように感じた。また、柳田国男遠野物語の世界につながる要素も少なからず見出すことが可能だ。とにかく僕にはとても興味深い作品である。