「鬼涙村」。「きなだむら」と読む。
「ゼーロン」同様、現実と虚構が入り混じったような、風変わりな小説。田舎者たちの醜悪な容貌やしぐさのリアルな描写と、胸にイチモツ隠し持っているような彼らの言動は、読者に嫌悪感を感じさせずにはおかないが、不思議とそれがこの作品の、クセになりそうな魅力でもある。
万豊という男がリンチにあう場面――鬼、天狗、武者、狐などのお面をかぶった村人たちに担がれて空中高く抛り上げられながらどこかに連れ去られる場面など、頭にイメージを思い描いてみると、これはもう完全にマンガで、こういうのを面白いと感じる読者も多いだろう。
そして、何と言っても一番のクライマックスは、リンチにあうべき最も醜悪な人間は他ならぬ自分自身ではないかとの認識に達する最後の場面で、そのあたりの描写には鬼気迫るものを感じる。後年、牧野信一が縊死したことを考え合わせると、ここには彼の内面の真実が隠されているとも考えられる。
「ビルヂングと月」は、青年期特有の感傷を描いた、詩的な小品。牧野信一という作家、なかなか芸風に幅のある、魅力的な作家だと思う。
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というわけで、楽しみにして迎えた昨日の小田原文学散歩であったが、好天にも恵まれ、なかなか楽しい半日を過ごすことができた。