深淵を覗く

(011)穴 (百年文庫)

(011)穴 (百年文庫)

先日読んだルイス・サッカーの『穴』には明るい結末が待っていたが、こちらの『穴』からは人間の暗い深淵が覗き見える。
蟋蟀が深き地中を覗き込む   山口誓子
が思い浮かぶ。


カフカ「断食芸人」――
『変身』を読んだのはもう30年以上も前だろうか、それ以来のカフカ
断食芸人というのは実際に存在したようだが、そんな職業が成立していたこと自体が、人間の不可解さを物語っている。


長谷川四郎「鶴」――
日常(生)と、非日常(死)とが混沌と混ざり合うのが戦場。
「私」望遠鏡の中に現れた美しく純潔な鶴は、銃の一撃からひらりと身をかわして日常の側へと飛び立つ。「私」の脳裏にも「逃亡」の文字が浮かぶが、「死神の黒い影」は背後に迫る。


ゴーリキイ「二十六人とひとり」――
囚人たちに感情移入しながら読み進んできた読者は、最後の場面で少女の発する
「かわいそうな囚人たちだねえ!……」
の一言に打ちのめされ、己自身のけがらわしさに向き合わされる。囚人たちの暮らす「じめじめした石の穴」と、今自分の住む世界が全く別世界であると感じられる読者は幸せだ。