ないもの、あります

 小川洋子クラフト・エヴィング商會による『注文の多い注文書』という不思議な本を読んだ。
 「さて、ここはいったい本の中の世界なのか、夢やまぼろしの異界なのか」と首を傾げたくなるような狭い路地の奥にクラフト・エヴィング商會は店を構える。この店は「ないもの、あります」の看板通り、注文の品は何でも取り寄せてくれる。この店に注文すれば、『竹取物語』の蓬莱の玉の枝だって世界中くまなく歩いて探し出してくれるのではないだろうか…
 読者は、この本の世界が虚の世界であることを知っている。知っていながら、読み進めるうちに虚実の境目が分からなくなる。あるいは、虚の世界と実の世界を通行できるような裂け目がどこかに確かに存在していて、うっかりすると呑みこまれてしまうのではないかという恐怖を覚えてしまう。そんな馬鹿な、と抵抗を試みるのだが、巧みな描写と構成(からくり?)のためであろうか、いつしか本の世界に引きずり込まれてしまうのだ。
 本を読んでいて鳥肌が立つ思いをしたのは、久しぶりだ。