大寺さんの日常

先日読んだ「白孔雀のいるホテル」がすごく良かったので、小沼丹をすべて読んでみるつもりになっていて、古本屋に入ると必ず講談社文芸文庫小沼丹を探している。『懐中時計』は最初の収穫で、伊勢佐木町の古本屋で見つけた。

講談社文芸文庫からは、小沼丹が10冊出ていて、それで小沼丹の主だった作品はほぼすべて網羅されているようだ。できれば初期の作品から順に読んでいくのが理想だが、できるだけ古本屋で安く揃えたいので、手に入った順に読むことになるだろう。

さて、『懐中時計』だが、「エヂプトの涙壺」「断崖」「砂丘」の三編は、推理小説も書く作者らしく、推理小説的な味付けが施されている。これはこれで面白く読みごたえがあるが、「白孔雀のいるホテル」のような世界にもっと浸りたい僕にとっては、少し方向性が違う感じ。そのほかの作品の多くは、作者自身と思しき大寺さんという男を主人公とし、その周辺の人物との交流とささやかな事件が描かれる。作者自身の言うところによれば「何れも作らない身近な生活を描いている」ということで、つまりは(三人称視点で書かれていたとしても)私小説的な作品といえるわけだが、いずれもほろ苦さを漂わせた味わい深い作品になっている。