初めての辻村深月体験

30代後半になる架(かける)は、自分が真剣に結婚を考えなければならない時期に来ていることにようやく気づく。スマホの婚活アプリに登録し、そこで知り合った30代半ばの真美(まみ)と付き合うようになり、1年以上が経過する。しかし、架は、いざ結婚となると一歩が踏み出せない。この子がいいと思ったはずなのに、本当にこの子なのかという思いが胸に燻る。

仲間内の飲み会の席で、架は女友達の一人である美奈子に、

…つきあって一年以内に結婚してあげるのが礼儀ってものじゃない? なんでそんなずっと引っ張ってるの?…あの子と結婚したい気持ち、今何パーセント?

と言われた架は、

七十パーセントくらいかな

と答える。この答えに対する美奈子のせりふは架の胸に突き刺さる。そしておそらくは多くの読者の胸にも。

 

架と真美は婚約する。式場も決める。

しかし、ある日真美は唐突に姿を消してしまう。スマホに電話しても通じない。真美からストーカーの存在を伝えられていた架は警察に相談するが、事件性は低く、本人の意思によるものである可能性が高いと言われ、動いてくれない。架は、かつて真美が結婚を断った二人の見合い相手が、真美の失踪に関わっているかもしれないと疑い、二人とコンタクトを取ろうとするのだが…

 

僕にとっては初めての辻村深月体験だった。内容についてはほとんど予備知識なく読み始めたのだが、サスペンスドラマの要素もあり、恋愛小説としても楽しめる。読み手に驚きを与え、最後まで一気に読ませるような、構成上の工夫がある。登場人物の描き方にはリアリティがあり、その言動は説得力を持って読者に迫ってくる。さすがに、直木賞本屋大賞などの受賞歴のある作家だけのことはあって、小説を読む面白さを堪能させられた。

しかし、この作品は娯楽小説の枠に収めておくわけにはいかない。架も、真美も、物語の中で明らかに自らを成長させている。それは、さまざまな人との出会いによって、自らの「傲慢」さや「善良」さに気付くということなのだが、その「傲慢」さや「善良」さは、登場人物だけが抱えている問題ではなく、読者も、それらが自分の中に無自覚のうちに巣食っていたことに気付かされるのだ。そういう意味で、恐ろしい小説であるとも言える。

源氏物語は不道徳?

NHK大河ドラマ放映に合わせたように、『源氏物語』関係の本が書店の店頭に目立つ。この『源氏物語入門』(高木和子著)もその中の一冊。

『入門』といっても、これから初めて『源氏』を読もうとしている人より、既にある程度読んだけれども、どこが面白いのかわからずに途中で挫折している人、世界的文学と評価されているのに、作品のすばらしさがわからないのは悔しいと思っている人、つまり僕のような人間が読むのにふさわしい本かもしれない。

筆者は「はじめに」で、「源氏物語』に潜伏しているさまざまな脈絡」に気づき、『源氏』を楽しんで読むために、「なぜ」「どうして」という問いかけを多くしたと言っている。目次を見ると、

源氏物語って不道徳な話なの?」

「似た人を好きになってもいいの?」

「嫉妬に狂う女は嫌われる?」

のような見出しが並ぶ。もちろん、著者はいずれの問いかけにも「YES」「NO」で明確な答えを提示しているわけではない。これらの問いに読者として自分なりに答えを見出そうとすることが、作品世界に分け入ろうとする原動力になればいいのである。

ところで、「源氏物語って不道徳な話なの?」の章の終りの方で、「ものの心」がわかる人、つまり「一般的には不埒であっても、優美で風流な事柄を評価する価値観」を持てる人が『源氏物語』の読者になれるのだ、という意味のことを述べている。「源氏」は不道徳な話なのだが、それはあくまで「虚構の世界の出来事」なのであり、その不道徳な話を「〈読者〉という安全な場所に甘んじながら、高みの見物ができる」ところが、いつの時代の読者にとっても、『源氏』を読む喜びなのだ、と。

そもそも虚構としての「物語」を読むという行為には、そういう側面があるだろう。善人が主役の話でないと読みたくないと言っていては、文学に近づくことはできない。

 

光源氏については、以前、こんなことも書いていた。

光源氏の「耐える能力」 - 僕が線を引いて読んだ所 (hatenablog.com)

師を持つ才能

内田樹平川克己名越康文の三氏による鼎談、『僕たちの居場所論』(角川新書)を読んだ。

内田氏は、巻末の「『おわりに』にかえて」で、

この天地の間には僕が人間について知りうることがまだまだ無限にあると思うと、「まだ生き方が足りない」と思う。「見るべきものは見つ」と言い切ってさばさばするよりも、「まだまだ世界は謎に満ちている」と思ってじたばたするほうが、僕は愉しい。

と言っている。僕もまったく、そうだ。平知盛の境地にはほど遠い。やりたいこと、やるべきことがたくさん残っていると焦って、じたばたする毎日。読みたくて買って、読まずに積んである本、読みかけの本も多い。にもかかわらず、こんな本(失礼!)に手を出してしまうとは。

僕の目を引いたのは書名の「居場所」という言葉だ。目次を開くと、「自分が落ち着ける場所」「原稿を書く場所」「自然体でいられる喫茶店」などの見出しが興味を惹く。フルタイムで勤務していた時は圧倒的に職場にいる時間が長く、あまり意識に上らなかったが、退職して自分の時間が少しずつ増えてくると、その時間を心地よく過ごす場所の確保が重要になる。それは家のなかにも、家の外にも必要だ。

名越氏のように、通いなれた喫茶店が3つもあって、そこで読書や俳句作りに集中できたらいいだろうと思う。もっとも僕の場合、7~800円もするコーヒーを外で飲むよりも、家で自分で淹れて飲んだ方が安上がりだし寛げると思って、店に入るのを躊躇ってしまうことが多いから、いつまでたっても行きつけの店ができない。そもそも自分の行動範囲内で、心惹かれる喫茶店というのが思い浮かばない。

ところで、この鼎談、話題は居場所のことだけでなく、国内政治、国際情勢、若者論、師弟関係、父親の意味、などなど、広範に及び、三人がそれぞれの体験を踏まえた説得力のある自説を開陳しあう。

興味深かったのは、「長男というのは、師匠がいない」という平川説。自己決定を求められる長男には弟子になる才能が欠落している、というもの。これは僕にも当てはまる気がする。師と仰ぐべき人は何人かいたのに、その人にとことんついて行かずに、いつしか疎遠になってしまったことを、いまさらながら後悔している。ただ、その理由は自分が長男であるゆえに才能が育たなかったからというわけではく、別の要因があったようにも思うけど。

古本屋で見つけた『小さな手袋』を読み始めたけど、思い出した! (←AIタイトルアシストを試してみた)

伊勢佐木町の古本屋で小沼丹のエッセイ集『小さな手袋』を見つけて、さっそく帰りの電車の中で読み始めたのだが、ふと思い出した。(小沼丹の短編集で読みかけのがあったのではないか…それなら、まずそれを読み終えてしまわねば…)帰宅して机の周辺を捜索すると、読みかけの本が積んである中から『村のエトランジェ』が見つかった。しかし中を確かめると、どの作品も読んだ記憶がある。一冊読み終えたら必ず何かしらのコメントをこのブログに残しておく、ということを20年ほど続けているが、『村のエトランジェ』は読み終えて、さて何を書こうかとぐずぐずしているうちに、そのままになってしまい、机の上の本の山の中に埋もれてしまったということのようだ。今年の3月に『懐中時計』を読んだ記事があるから、その後に読んだのだろう。半年くらい経ってしまっていて、今さら何か書こうにも書くことが思いつかない。そもそもこの一年間、ブログを書く時間を見つけるのが難しかった。

…やれやれ、来年はどんな年になるのだろう。

(ところで、「汽船―ミス・ダニエルズの追想」はかつて高校の現代国語の教材になっていたような気がするが、僕の記憶違いだろうか。)

 

 

漢詩は自由詩

朝日新聞の書評欄にで知って読み始めたが、勝手に想像していたよりもずっと中身の濃い、読み応えのあるエッセイ集だった。

好きな俳句はと聞かれたら、

  夏草に汽罐車の車輪来て止まる

とか、

  梅咲いて庭中に青鮫がきている

などなど、いろいろ挙げることができるが、好きな漢詩は、と聞かれると困る。

  春眠暁を覚えず

とか、

  国破れて山河在り

のように、教科書で誰でも出会う超有名な詩はすぐ思い浮かぶが、それはいろいろ知っている中でそれが好きです、というわけではない。そもそも、どれが好きというほど漢詩を読んでいない。李白杜甫について聞かれたら、次のように答えることにしているという小津夜景と僕とでは、レベルが違い過ぎる。

李白は遊戯性に優れ、杜甫は批評性が強みだよ。
李白は雰囲気と音色がすばらしい反面、題材の幅がせまくて、どの詩も同じ曲を聴いているような退屈さがあるの。杜甫は発想が自由で、語彙が多く表現に厚みがあるけれど、テーマ主義の面がとっつきにくいかな。

筆者の漢詩に対する造詣の深さには、ただただ脱帽するしかありません。漢詩については、こんなことも言っていて、なるほどそうだよなあ、と思ってやたらと線を引いてしまった。

そもそも漢詩定型詩でなく、明治になるまで日本で唯一の文語自由詩だった…漢詩は視覚的・観念的には定型でも、聴覚的・実際的には音の数に縛られないフリースタイルの表現として人びとに受け入れられ、愛されてきたのである。…日本人が脈々と漢詩に求めてきたものとは、実は自由詩の感性だったのではないか。

俳人でもある著者は、もちろん俳句についても鋭い知見を披歴する。

俳句は十七音のフレームに世界をおさめつつ、そのフレームの奥へ向かってイメージとか、テキストとか、マテリアルとか、テクニックとかいったレイヤーを重ねてゆく遊びだ。で、ここで誤解を生むのがフレームの存在で、これを一部の批評は鋳型にはめることだとみなして反動的だというのだけれど、いったいなんでそう思うのかが謎である。定型の使い手たちはそのつど新たに方と出会う、つまり世界を生き直しているのであって、カップケーキの型みたいなものを使用しているのではないのだ。

これを機に、田中裕明賞を受賞したという句集『フラワーズ・カンフー』も読まねば…
それから、彫刻と絵画について書いてある章も僕にはとても興味深く、印象に残った。小津夜景には古楽についての著作もあるようだ。守備範囲の広さというか、攻撃パターンの多彩さというか、そのマルチな才能に驚く。

類想をおそれる

「類想をおそれるな」の章で、筆者は「類想」を「類句」とは別物として、次のように述べている。

「春はものの始まり、夏はものの盛り、秋は滅びへと向かい、冬は死の世界」という共通の認識が個々の季語の背景になっている。こういう共通感覚を模倣だという人はいない。類想は内容にかかわることで、類句は表現された字句の問題。類句は避けねばならないが、類想はおそれてはいけない。むしろ類想の奥に潜む共通感情を深めるべきだ。

確かに季語とはそもそも「類想のエッセンスみたいなもの」だということはできる。であるならば、類想を恐れていたら、確かに俳句など作れない。詠み手の意図が読み手に伝わるのは、季語という共通の了解事項に依るところが大きい。しかし、その時両者の間に類想が働いた、とは普通は言わない。筆者は、「類想というものは悪いどころか、むしろそれを土台にする、深めることが必要」と言っているが、その「類想」とは、しばしば問題となり、避けるべきとされる類想のことを指しているのではない。

類想(類句)は、やはりおそろしい。自分の自信作が、先行句の類想であるとされれば、がっかりだ。しかし、俳句がたった17音の短詩である以上、自分の句が類句と見なされてしまう可能性があることは、覚悟しておかなければならないだろう。むしろ、もっと恐れるべきは、次のような事態だ。

マンネリズムというのは、要するに自分自身の一度手に入れた手法を反復使用して「類句」をかさねる状態に至ったことをいう。したがって、ひとりひとりの作者の前には、他人の作に対する類句のおそれとともに、自作に対する類句のおそれがあるといっていい。(村山古郷、山下一海編『俳句用語の基礎知識』、「類想(類句)」の項より)

僕の場合はと言えば、反復使用できるような自分自身の手法を未だに手に入れられずにいるわけだが。

逢えない嘆き

大岡信の『第五 折々のうた』を読んでいる。

高山ゆ出で来る水の岩に触れ破れてそ思ふ妹に逢はぬ夜は   詠み人知らず

大岡信はこれを、これよりもずっと後に詠まれた、

瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ   崇徳院

と「同種類の発想の歌である」と解説するが、僕は

風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな   源重之

を思い浮かべてしまった。川と海の違いはあるけれど。ちなみに、「風をいたみ…」の歌を僕が現代短歌風に現代語訳すると、「風に飛び岩に砕ける荒波は俺の心だお前が好きだ」となる。