もう一つの「山月記」

新釈 走れメロス 他四篇

新釈 走れメロス 他四篇

山月記」のパロディもあるというので、図書館の司書さんに「買って!」ってお願いしたら、すでに注文してあったとのことで、すぐに手元に届きました。ラッキー! 僕は知らなかったけれど、森見登美彦という人、高校生に人気のある作家なんでしょうね、きっと。


「性狷介で自ら恃むところすこぶる厚い」斉藤秀太郎は京都の大学生。4年で卒業していく友人達に向かって

むざむざ社会の歯車となってくだらん命を削るよりも、俺は自分の才能にふさわしい名誉を得て、斉藤秀太郎の名を死後百年に遺す。四年は何事も為さぬにはあまりにも長いが、何事かを為すにはあまりにも短い。

などと嘯いて大学に居座り続け、大作に挑むが「文名は揚がらず、生活は日を逐うて苦しくなる」。そして祇園祭を見物して下宿に戻った深夜、闇の中へ駆け出して…
というわけで、中島敦の「山月記」の主人公李徴は、斉藤秀太郎となって現代に生き返るのです。しかし、虎となった李徴が僕の心の中に生き続けるのと同じように、斉藤秀太郎が僕の心の中に住み続けることは、…多分ないでしょうね。そんな、ずしりと来る作品ではありません。古典的名作を軽く仕立て直した中に、もとの作品の格調高い表現をちりばめたところがこの小説の面白さなので、中島敦の「山月記」を知らない人、高校時代に読んだけどよく覚えていないという人は、まずそちらを読んでからこちらを読んだ方が良いでしょう。
と言いながら、「走れメロス」の方は、太宰の「走れメロス」がどんな作品だったか思い出せないまま読んでしまいました。話の展開がスリリングでギャグも冴えているので、結構楽しめましたが、こちらも原作を覚えていればパロディとしての面白さも味わえたのでしょう。
というわけで、次に読むのは太宰治の「走れメロス」です。


■追記(5/27)
太宰の「走れメロス」、読んでみました。太宰の主だった作品は若いときに全部読んだつもりでいましたが、案外この「走れメロス」は初めてだったのかもしれません。『新釈 走れメロス』の「あとがき」に「これをきっかけにして原典を手に取る人が増えることを祈るのみである」とありますが、結局、僕もそうなってしまったわけです。名作に出会わせてくれた森見登美彦に感謝です。