時代小説開眼

今まで時代小説はほとんど読んだことがなかった。山本周五郎の『青べか物語』は僕の大好きな小説で、周五郎はその他にも何冊か読んだけれど、現代ものばかりを選って読むような読み方で、周五郎の時代小説までは手が伸びなかった。テレビでも、時代モノというのはほとんど見ない。
ところが最近、現代文の教科書に載っていた藤沢周平の掌編「おぼろ月」を読んで、僕は遅まきながら時代小説の魅力に開眼することになった。江戸の街を舞台に、嫁入りを前にした二十歳の女の心のひだが実にうまく描かれていて、読後に深い余韻を残す。さすがに時代小説の名手と言われるだけのことはあると感心してしまった。
僕の親爺は僕とは全く読書傾向が異なり、時代小説ばかりを読んでいて、しかも僕と違って読むのが早い。それでどんどん本がたまってしまう。部屋に収まりきれなくなった本を詰めた段ボールを車に積んで古本屋に持って行くのは僕の仕事だ。一応中身をチェックして、処分するのがもったいないと思った本が見つかれば僕の本棚に移そうと思うのだが、いつもほとんど収穫はないのだった。
「おぼろ月」が収められた『日暮れ竹河岸』という本は、今までに処分したダンボール箱の中にあったのかもしれないし、あるいは今でも親爺の本棚にあるのかもしれない。そのことを確認する前に、おとといの日曜のことだが、一日中家にいた体を動かすために自転車に乗って出かけた閉館間際の図書館で、『日暮れ竹河岸』を見つけた。

日暮れ竹河岸

日暮れ竹河岸

「おぼろ月」は「江戸おんな絵姿十二景」というシリーズの中の一編。十二編のどれも僕には面白いけれども、「おぼろ月」以外に教科書に載せるのにふさわしい作品、ぜひ生徒にも読んでもらいたいと思うほどの作品は見つからない。だから、そんな中から「おぼろ月」のような教材を見つけ出してきたのは教科書会社の手柄だとも思う。
「おぼろ月」は主人公の「おさと」が、男と駆け落ちして人妻となった幼なじみの「きくえ」宅を訪れたことをきっかけに、自分も恐る恐る大人への一歩を踏み出すという内容で、ちょうど高校生が読むのにもふさわしい内容だ。とは言え、生徒は積極的に作品に興味を示してはくれない。
僕と生徒の年齢差は、もはや僕と僕の親爺の差以上に離れてしまった。それだけが原因ではないけれど(時代小説というところが生徒にはやはり大きな壁になっているのだろうか)、小説の面白さを生徒と共有するというのはなかなか難しい。