漕ぎ出したら

こぐこぐ自転車

こぐこぐ自転車

著者伊藤礼は、70歳近くなって自転車にのめりこみ、次々に欲しい自転車を購入してしまう。そして東京都内、さらには房総だの箱根だのまで足をのばして走りまくる。ある時は自分を抜いたタクシーを抜き返そうとスピードを出しすぎて転倒し、骨折してしまう。それでもめげることはない。傷が完全に癒えないうちにまた欲しい自転車を買ってしまう。碓氷峠を越えようとしたときは鼓動が急に速くなって死ぬかと思い、タクシーで引き返してしまう。なんとも侘しい話だ。しかし、だからもう引退だなどとは考えない。仲間を誘って北海道まで行き、知床峠を越え美幌峠を越える。こういう前向きな気持ち、ぜひ見習いたい。
自分はあと何年自転車に乗れるだろう、スキーができるだろう、ファゴットが吹けるだろうとふと考える年齢に僕もなってしまった。しかし、こういう人がいることを知ると、そうか、まだまだやれるんじゃないかと勇気付けられる。でも、金もないのに、僕もぜひとももっといい自転車を買わねば、と強く思うようになってしまったのは、ちょっと困ったことかもしれない。
この本を読む人は、漕ぎ出したら、いや、読み出したら途中でやめるのは難しいということを覚悟しておいた方がいい。なにしろ文章が面白い。いや、面白すぎる。この人のユーモアのセンスは並大抵のものではないと思う。どのページを開いても、必ず可笑しなことが書いてあると言っても、さほど大げさではない。

ヘリオスSL」を第三号車として買い入れたのは七月の上旬であったが、買い入れた段階において私は自己所有の自転車がすべて折り畳み自転車であることに気づき、なんとなく恥ずかしさを感じ始めた。全部が折り畳み自転車であるのは、所有者の性格にどこか屈折したものがありそれの反映である、と、私は考え始めた。私は悲しくなった。なぜそんなに屈折しているのか。正々堂々と胸を張って生きていたっていいじゃないか。そう考えはじめたのである。

捜せばもっと面白いところを見つけることができるはずなのだけれど、そんなことより僕は、伊藤礼の『狸ビール』(講談社文庫)という本が気になるので、さっそく本屋に行って捜してみようと思う。題名からして、何だか面白そうじゃないですか。