絵画は自分の記憶を引き起こす

窪島誠一郎の『絵をみるヒント』を読んだ。

絵をみるヒント(増補新版)

絵をみるヒント(増補新版)

 

 「水商売出身の美術館屋」と自称する著者だからこそ書ける、絵画と美術館への愛。

群馬県桐生市の大川美術館と長野県東御市の梅野記念絵画館には、チャンスがあったら行ってみたいと思った。

何気なく一枚の絵の前に立ったとき、その絵のなかにひそんでいる画家の「記憶」に誘われ、いつのまにか絵をみるこちら側の「記憶」までがひきおこされてくる、そして、その「記憶」の蓄積の上に生きている現在の自分自身の姿がみえてくる、それが「絵をみる」、あるいは「絵を読む」ことなのだと気づかされるのです。

 

 

幻の名作?

 井伏鱒二仕事部屋』(講談社文芸文庫)は、井伏鱒二初期(昭和初期)の作品群を収めたもの。この中のほとんどの作品が筑摩の旧「全集」にも「自選全集」にも収められていなかった(つまり、井伏自身によってはじかれていた)ため、この文庫は読みたくても手に入れにくい作品を世に出したものとして発売当初(1996年、僕が購入したのもその直後)は貴重な存在であった。今では、新しい全集がこれらすべてを収めているようではあるが、全集というのは28巻ともなるとそう簡単に手を出せるものではないので、文庫というのはやはりありがたい存在ではある。

仕事部屋 (講談社文芸文庫)仕事部屋 (講談社文芸文庫)

 

 僕はこの本を購入しただけで満足してしまったようで、今回読んでみると、さすがに「丹下氏邸」と「」は「自選全集第一巻」にも収められている「名作」であって、以前読んだときの記憶が蘇ってきて懐かしかったが、それ以外はどれも初めて読むもののようであった。
 これらの作品が、全集からはじいてしまうには惜しいだけの、井伏らしい魅力を湛えた作品であることは確かだし、昭和初期の文壇の動向の一断面を見せてくれるという点で、興味深い研究対象であることは間違いない。しかし、「幻の名作」というような評言(裏表紙にそう書いてある)が妥当なものであるのかは、疑問の残るところである。現代の読者の多くが「文学」あるいは「小説」に求めるもの(それは人さまざまだろうが)が、ここにはあるだろうか。

 小説は、娯楽で良い。幸福なひと時を過ごさせてくれさえすればそれで良い。しかし一方で、複雑な時代をよりよく生きていくための支えであってほしいとも願う。そんな僕にとって、ここで出会った作品群は、どちらの点でも少々物足りないと感じてしまったのは事実である。

文章家、つげ義春

  つげ義春の文章が魅力的であることは以前書いた(→もっと読みたい、つげ義春の文章 )が、今回エッセイ集『苦節十年記/旅籠の思い出』(ちくま文庫つげ義春コレクション)を読んで、そのことを再認識した。読み応えがある文章が多くある中でも、特に良かったのが「妻のアルバイト」。エッセイとして読んでも、短編小説として読んでも、一級品を読んだ充実感を覚える。読後にじわっと幸福感が湧いて来る。
 つげ義春がこれほどの書き手であるということは、相当な読み手でもあるはずだ。
つげ義春自分史」に次の記載がある。

1966(昭41)年 29歳
 白土三平のマネージャーをしていた岩崎稔氏に井伏文学を教えられ、魅了される。

1967(昭42)年 30歳
 井伏文学に影響され、しきりと旅行をするようになる。唯一の友人、立石氏と能登、飛彈、秩父、伊豆、千葉等へ遊ぶ。
 秋に単独で東北へ大旅行する。旅の強烈な印象をもつと同時に湯治場に魅かれる。旅に関連する本や、柳田国男宮本常一などを好んで読む。

 文章家としてのつげ義春は、こうした豊富な読書体験を肥やしに生まれてきたに違いない。もっともっと書いてくれないかなあと思う。

 

嘘発見器

清水町先生 (ちくま文庫)

清水町先生 (ちくま文庫)

  • 作者:小沼 丹
  • 発売日: 1997/06/01
  • メディア: 文庫
 

 小沼丹が終生の師と慕った清水町先生、すなわち井伏鱒二の、人と作品について愛情を込めて綴った随筆集。井伏鱒二の作品理解への最良の手引きであると同時に、小沼丹の井伏譲りの軽妙洒脱な文章を楽しめる一冊。久々に井伏の作品を読みたい、小沼丹の文章をもっと読んでみたいと、他の本に手が伸びること請け合い。(…と書いてきて、型通りの言い回しに我ながら恥ずかしくなる。井伏はこういう文章は書かない。)

某日、井伏さんが病院で心臓の検査をして貰つたことがあつた。心電図をとることになつて、身体のあちこちに電極とか云ふ黒い吸盤みたいなものを附けられた。それを附けられたら、井伏さんは、
――嘘発見器ですか?
と医者だか看護婦に訊いたのださうである。 (解説「現代の随想」)

  電車の中でここを読んでいて、思わず吹き出してしまったが、幸いマスクをしていたのでごまかすことが出来た。

池上先生から仏教を学ぶ

久々に池上彰先生の生徒になった。

今回の講義のテーマは、仏教。池上先生の守備範囲の広さには驚かされる。池上先生の著書を読み尽くせば、世の中の大切なことは一通り勉強できるのではないかと思う。 

池上彰と考える、仏教って何ですか?

池上彰と考える、仏教って何ですか?

 

 前半は、「仏教を知ることは、己を知ること。そして日本を知ること」という著者が、 仏教とは何かをわかりやすく解説。仏教の発生から、日本への伝来、鎌倉仏教の勃興、檀家制度の確立から現在の葬式仏教へと至る道筋が理解できる。

後半は、ダライ・ラマ法王との対談。仏教で人は救われるか(被災の悲しみから抜け出すことはできるのか、自分の将来や死に対する不安や恐怖を克服することができるか、など)という問いを法王に投げかける。

法王の答え…

死の恐怖を軽減するために何よりも大切なことは、私たちが生きているこの人生を意義深いものにするということです。意義ある人生とは、他の人たちを助けるということであり、たとえそれができなくても、少なくとも他の人たちに害を与えるようなことはしない、という実践をすることです。そのように生きることができれば、あなたの人生はより意義のあるものとなります。意義ある人生を過ごすことができれば、死に直面したとき、たとえ死への恐怖があったとしても、後悔すべきことはほとんどありません。後悔することがなければ、死を恐れる気持ちもずっと少なくなります。

 

仏教の勉強をしようと思って最初に読む本がみうらじゅんの『マイ仏教』でも良いと思う。

マイ仏教 (新潮新書)

マイ仏教 (新潮新書)

 

  「仏像を怪獣の延長として受け取り、両者に共通する異形の佇まいにグッときた」という小学生が、一人でお寺に足を運び、瓦を集め、御朱印をいただく。仏像の写真を撮り溜めて作った「仏像スクラップ」は、全七巻。

お寺の息子として生まれなかった自分を不幸とさえ思い、住職になるために、中高一貫の仏教系の学校に入学。「あの仏像が凄い。やっぱり天平仏はグッとくる」といった話題でクラスのみんなが持ちきりのはずだと信じていたのに、期待は外れ、いかにツッパるかで頭の中がいっぱいのヤンキーたちで学園は大荒れだった。当時の不良の髪形はパンチパーマでお釈迦さんと同じ…

体験的仏教入門。笑えます。

 

国木田独歩の代表作は?

大学入試にしばしば出題される、「国木田独歩の代表作を次の選択肢の中から選びなさい」、という問題の答えがほぼ例外なく「武蔵野」である、というのは、不思議と言えば不思議。

短編小説作家、独歩の本領が発揮された作品を選ぶとしたら、「酒中日記」か、「運命論者」か、「春の鳥」か、「竹の木戸」か。それとも芥川が「調和のとれた独歩」と賞した「鹿狩」か、漱石が面白く読んだという「巡査」か。

いずれにしても、独歩の代表作を次から選びなさいの答えが、「鹿狩」とかだったら、受験生は怒るだろう。しかし、独歩の代表作を「武蔵野」と答えられたとして、そのことにどれほどの意味があるか? 

武蔵野 (新潮文庫)

武蔵野 (新潮文庫)

 
牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫)

牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫)