『木曜日だった男』

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)

道に迷ってさんざん歩き回ったあげく、何だか見覚えのある景色だと思って見回してみたら、何のことはない、またもとの場所に戻ってしまったのだ。しかし、この回り道はたぶん無駄ではなかったのだ。だって、見覚えのある景色も前見たときと、どこか違う。ここはこんなに明るい場所だったか? 何が変わったのか… おそらく変わったのはほかでもない、この自分自身に違いない。
自分はこれまで、夢を見ていたのだろうか? 悪だと疑っていたものが善で、善だと信じていたものが悪で、何だか悪い夢にうなされ続けたような数日間、そして最後にうっとりとした恍惚の時が訪れ… そして今、夢から覚めた自分はその恍惚感を引きずっている。これは感傷的なものにすぎないのだろうか? いや、そうではない、不思議な冒険を終えてまたいつもの公園の中のこみちを歩いている自分には、以前には決して見えなかったものが確かに見えるような気がする。光の裏側の闇と、闇の中にさすはずの光と…
かつてここで見た空は、まるで世界の終わりが訪れたかのような不吉な夕焼けに染まっていなかったか? 今は鳥が朝の歌をうたい、赤い髪の少女がライラックの花を摘んでいる。そしていつの間にかアイツが横にいて、自分と並んで歩いている。気の置けない、古い友として…


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