引き寄せられた過去

mf-fagott2007-03-26

望遠鏡は月を引き寄せ、その凸凹までくっきりと見せてくれますが、現代の最先端の科学技術は900年もの昔を肉眼でも鮮明に見えるほど我々の近くまでたぐり寄せてくれたようです。
とは言うものの、この快挙は科学技術の力だけによって成し遂げられたのではありません。確かに、平安時代後期の絵巻がどういう染料を使ってどういう色で描かれていたのかを明らかにしたのは科学の力です。特殊なカメラはヒトの眼には見えない花や模様を映し出し、染料の成分まで特定することを可能にしました。
しかし、解明されたデータに基づいて絵を再現させたのは、職人としての卓越した技術とすぐれた芸術家としての才能を併せ持った専門家の忍耐強い仕事なのです。絵の横にその「作者」の名前が明示されていることは、それがまぎれもなく現代の「作品」なのだということを主張しているかのようです。制作過程の展示は、完成に至るまでに多くの試行錯誤の段階があったことを教えてくれますが、その試行錯誤の中で行われたはずのどれを捨てどれを選ぶかという判断は決して科学の力に頼るわけにはいかないでしょう。
「よみがえる源氏物語絵巻を観て感じたのは、「復元」という作業が実はきわめて創造的な行為なのだということでした。