ダイアローグ(No.4)

 ここがあなたの書斎ね。
 おっ、久しぶり、つーか神出鬼没。
 なに、その日本語。…それにしてもこの車両、すいているわね。
 前の方はもう少し混んでいるんだけどね。この辺なら通勤時間帯でも大抵座れるんだ。終点まで20分弱だけど、一番集中して本が読める貴重な時間だよ。
 邪魔して悪かったわね。で、その雑誌は何?
 今日発売の『俳句界』。

俳句界 2007年 04月号 [雑誌]

俳句界 2007年 04月号 [雑誌]

 ああ、編集長が変わって新しくなったっていう、あれね。
 うん、でもまだそれほど変わっていないよ。「新装刊記念・特別対談」の中で編集長自ら言っているけど、「前任者が敷いたレール」があるから、本当に新しくなるのは来年の新年号あたりからだろうって。先の長い話だけど、今までの連載を急に全部やめるわけにはいかないだろうからね。
 判が小さくなって、投句欄の入選作品数も減っちゃったんでしょ。あなたの句もますます載りにくくなるわね。
 入選句数はそれほど減ってないみたいだけどね、もともと僕の下手くそな句が簡単に入選するほどレベルの低い投句欄じゃないよ。それとこの中の「ここを直せば入選」というコラムが面白いんだ。たとえば、ほら、今回の岩城久治選のページには「救護室を出て明日のスキー諦める」という作品が取り上げられていて、こんなコメントが書いてある。

作者のメッセージは「明日の」という日限がどうしても必要だったのであえて破調の表現となったのかと思う。「救護室出でてスキーを諦める」のリズムではもの足りないか。

 なるほど、「救護室出でてスキーを諦める」と五七五のリズムにおさめれば、岩城先生は入選に選んでくれたかも知れないってことね。
 そうかもしれない。おそらくこの句の作者はスキーで転倒して膝でも痛めて、救護室の厄介になったんだね。でも、救急車で運ばれるほどの大怪我でもない。救護室でシップを貼ってもらいながら、「今日はもう滑っちゃだめよ。今晩は温泉は絶対ダメ。帰ったら病院に行ってちゃんと診てもらったほうがいいわよ」とか言われたんだろうね。痛い足を引きずって救護室を出ながら、今日は無理としても、明日には良くなっていればいいんだけどなあ、もし明日も滑れないほどだったら何しに来たんだかわからないなあ、でもこの痛みじゃあ明日も無理そうだなあ、なんて思っているんだろうね。
 「明日の」という言葉ははずせないっていう事ね。
 多分そのときの作者にとってはね。「今日は無理でも明日は何とか滑りたい」っていうかすかな望みを捨てきれずにいるんだけど、明日になればよくなるほどの軽い怪我じゃなさそうだって感づいているから、スキーへの未練を断ち切る思いで「明日のスキー諦める」って言ったんじゃないかな。リズムの悪さは承知の上でね。
 スキーへの未練を断ち切る思いを出したいんだったら、五七五を崩してまで「明日の」と言う必要はないように思うけどな。
 作者も今頃岩城先生のコメントを読んでそう思っているかもしれない。
 それでこの人、翌日はスキーできたのかしら。
 いや、翌日も痛みがひかずに、仲間がみんな滑っているときにひとりで宿で本でも読んでいたんじゃないかな。いい歳してかっ飛ばすからこんなみじめなことになるんだなあ、なんて後悔しながらね。それで、帰ってから医者に診てもらったら「靭帯が切れています」なんて言われて足を固定されて、しばらくは松葉杖生活さ。「ズボンからギプスはみ出す春愁ひ」なんて俳句を作って『俳句界』に投句したに違いないね。
 ずいぶん想像力がたくましいのね。
 あ、あと一駅で終点だ。
 山がよく見えるわ。
 丹沢山塊だよ。今年は雪がほとんど積もらなかったなあ…