理不尽な闇、不条理な光

海峡の光 (新潮文庫)

海峡の光 (新潮文庫)

まずは文章に魅せられた。透明感がありながら、密度の濃い描写には緩みがない。モノが、コトが、読者の眼前にくっきりと像を結ぶ。あるときは詩情まで漂わせながら。

記憶にある海は凪で、見渡すかぎり金波である。父が漕ぐ磯舟の舳先から手を伸ばしては、海面のさらさらとした和やかな水の感触を楽しんでいた。まるで海は一つの生命体のように、光を食べて呼吸している愛しい動物のようだった。

小学生のころ「私」を執拗にいじめた花井が受刑者として「私」の勤める函館の刑務所にやってくる。逆転した両者の力関係… にもかかわらず、「私」は花井に終始翻弄され威圧され続けねばならないという皮肉。花井の少年時代を知っている「私」は、見事なまでに模範囚を演じる花井の裏側に汚い企みがあるに違いないと疑いの目を向けるのだが、ある日独房を覗いた「私」は、そこに居る花井の大仏と化したかのように黄金色に輝くしなやかなフォルムに固唾を飲むほかなかった。
また、廃航が決まった青函連絡船に見切りを付け、いちはやく再就職を決めて安定した地位を得た自分にかえって負い目を感じ続けねばならない理不尽。
さらに、出所して今は呼び込みをしているもと受刑者から言われた次のことばが「私」の苛立ちをつのらせる。

「俺らは暫くお務めしたらあそこを出られるけどもさ、おやっさんたちは大変ですよね、一生あそこから出られないんすからねぇ」

ここに描かれているのは、優越感に浸れる立場にあるものがかえって心に深い闇を抱え、裁かれるべき悪が光を放つ、不条理な世界である。勿論、「私」の目には淡い光を湛えたように見える花井の肉体の奥にも、底知れない闇が潜んでいることは間違いない。しかし花井の心の闇が読者に向けて語られることはついになく、彼の神々しさを感じさせもする行為だけが鮮やかに描かれるのである。
ちょうど『ミラクル』の最後の場面において、主人公の少年アルの心に生じた奇跡が何であったのか、その感動的なせりふから想像するほかなかったように。