昭和を生きた俳句

『俳句つれづれ草 昭和私史ノート』(結城昌治著、朝日文庫読了。
作家としての活動が始まるまでの著者の前半生と、著者を取り巻く世相を記した記録。戦争、貧乏、結核…明るい出来事など一つもないといってもいいくらいで、死はいつも著者の隣にいます。そんな半生記でありながら、その行間からは、どんな悪条件の中でも土に根を張り葉を広げる雑草のような若者の生命力がにじみ出ています。
また、この本の中では描かれた時代や著者のその時どきの生活と何らかの形で結びつく俳人・俳句が多数紹介されています。個々の句についての詳しい説明はありませんが、その時代の世相の中に置かれたとき、その句は本来の息吹を吹き返すようです。
たとえば次の句、

雁やのこるものみな美しき  石田波郷

を、泥沼化する戦局の中で読まれた作品として鑑賞するのと、歳時記「雁」の項の中の例句、たとえば次のような句の中のひとつとして読むのとはずいぶん趣きが違ってくるのではないでしょうか。(ハルキ文庫『現代俳句歳時記 秋』より)

雁の声のしばらく空に満ち   高野素十
雁の数渡りて空に水脈もなし   森澄雄
雁渡るらし水甕の水の張り  鷹羽狩行

この本は激動の時代を生き抜いた一人の庶民の目で見た昭和史であると同時に、昭和の俳句史としての側面も持ったユニークな本と言えるでしょう。