賑やかな葬列

 素敵な句集をご紹介します。街同人の長岡悦子さんの『喝采の膝』。

喝采の膝

喝采の膝

 

  空港出て揚雲雀目に痛きまで


 飛行機の旅では、我々はしばしば目的地から離れた、荒涼としたという形容が当てはまるような景色の中に降ろされる。そこからバスやタクシーで目的地に向かう、というのは現代の旅の一つの形であり、そこに現代的な旅情もある。観光地の景観よりも、空港から街へ向かう途中に見上げたまぶしい空の色と雲雀のさえずりが忘れられない、ということもあるだろう。

 

  山桜ブリキの金魚目が大き


 「ブリキの金魚目が大き」というのがまず一つの発見。さて、小さなフレームの残された余白に、どういう季語を配するか? 「〇〇〇〇〇」、「〇〇〇〇〇」、いろいろ試してみるのだが、やっぱり「山桜」で決まり!

 

  黒板に明日の日付鰯雲


 日中の喧騒が去った教室は、静寂の中に暮れようとしている。きれいに拭かれた黒板の右端には、きっと来るはずの明日の日付が書かれている。

 

  賑やかな父の葬列柳絮飛ぶ


 生前、私の父が「俺の葬式は湿っぽくやってくれるな、ぱあっと明るく騒いでくれ」と言っていたのを思い出す。この句の葬儀も、故人を慕う人たちが大勢集まって、賑やかだ。遺影を先頭に進む親族の頭上高く柳絮が舞っている。

 

  大柄でよく笑ふ子や夏蜜柑
  凩やぽんと明るく伊勢うどん


 こんな屈託のない句が見つかるのも、この句集の魅力。

 

■最近の「街」同人の句集

梅元あき子句集

大森藍句集

 

 

歌人、中川一政

 真鶴半島にある中川一政美術館を見てきました。

 真鶴に行った本当の目的は、御林の中の遊歩道を歩くことだったのですが、先日の台風で倒木が道を塞いでしまったらしく、通行不可。そこで、予定を変更してゆっくりと絵を見て帰ることにしました。ところが、災い転じて福となったと言うべきなのでしょう、中川一政の絵は予想を大きく上回る満足を与えてくれました。いや、予想以上というのは不正確な言い方で、中川一政については名前は聞いた覚えがある、という程度でほとんどイメージはなく、他に見所の少ないマイナーな観光地にある美術館という先入観で勝手に低く見ていたところが、思いがけずその認識を改めさせられた、というのが本当のところです。
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 中川の風景画は、大胆な色彩と力強い筆致、そしてどっしりとした構図で観るものを圧倒します。薔薇の絵はひとつひとつ異なる自作の額縁が面白く、その額縁と絵の調和が見事です。(目録などではその額縁が写っていないので、面白さが伝わりません。)一方、それらの明るい絵とは対照的なのが初期の風景画で、暗く濁った空の色に支配された画面が、メランコリックな感情を呼び起こす、何とも不思議な魅力を持っています。

  さて、中川一政との思いがけない出会いは先週のこと。そして、今日、注文してあった大岡信の『折々のうた』が届いてさっそく開いてみたところ、中川一政の短歌が二首、載っていたのです。 

静物にかきしレモンを湯に入れて子らに飲ましむ並びて飲み居る

ひとり身になりて淋しとおもはねど人がいふときさびしかりけり

大岡の評言にこうあります。

百歳になんなんとする長寿をまっとうした画家中川一政。ほとんど万能の人で、油絵から始めて日本が、水墨画も描き、書、篆刻、陶芸、挿絵、装丁、いずれにも個性溢れる世界を開いた。しかし中学時代は文学好きの短歌少年だったらしい。詩歌集も多い。

  中川一政美術館には、絵だけでなく、書も展示してあり、その多才ぶりの一端を伺うことができますが、歌人としても一流の活躍をしていたとは、驚きです。

文学者、シューマン

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 『音楽と音楽家』の読者は、いつのまにかメンデルスゾーンショパンやリストらが生きていて、次々と名作を生み出している時代にタイムスリップしていることに気づくだろう。そして、批評家、文学者としてのシューマンに出会うことになる。そこには、評価の定まったバッハ、モーツァルトベートーヴェンを尊重し、シューベルトショパンメンデルスゾーンに新しい才能を見出し、ブラームスの登場を心から喜ぶ、鋭敏な批評家としての姿がある…


 シューベルトハ長調交響曲を評した「天国のように長い」という一節は、この本の中に見つけることができる。(149㌻)


 それから、多数散りばめられたアフォリズムの中から、自分のお気に入りのものを拾いながら読み進む、というのもこの本の楽しみ方の一つであることを、付け加えておこう。その中のいくつか。

ある芸術の美学は他の芸術にも適応する。ただ材料がちがうにすぎない。(38㌻)
ある人間を知ろうと思ったら、どんな友達をもっているかきいてみるといい。同じように、公衆を判断しようと思ったら、何を喝采するか―というより何かを聞きおわってから、全体として、どんな顔つきをするか見るといい。(39㌻)
批評は、現代を反映するだけで甘んじていてはならない。過ぎ行くものに先行して、将来から逆に、現在を戦いとらなければならない。(40㌻)
多くの精神は、まず制限を感じた時に初めて自由に動き出す。(88㌻)
やさしい曲を上手に、きれいに、ひくよう努力すること。その方が、むずかしいものを平凡にひくよりましだ。(196㌻)
音楽の勉強につかれたら、せっせと詩人の本をよんで休むように。野外へも、たびたび行くこと!(198㌻)
小さいときから、指揮法を知っておくように。上手な指揮も、何度も見ること。一人でそっと指揮の真似をしてみたってかまわない。そうすると、頭がはっきりする。(202㌻)
芸術では熱中というものがなかったら、何一ついいものが生まれたためしがない。(202㌻)

 

じわっと効き目?

倉阪鬼一郎元気が出る俳句』読了。

元気が出る俳句 (幻冬舎新書)

元気が出る俳句 (幻冬舎新書)

 

 サプリメントの効用が信じられないのと同じで、飲んで(読んで)すぐ効く、などと期待して読み始めたわけではない。読み終えた今、やはり効能は実感できないが、面白い俳句・俳人にたっぷり出会えたという満腹感は残った。

  ゐのししのこども三匹いつもいつしよ   小澤實

  麦秋や今日のしつぽはよいしつぽ   水野真由美

 こういう句を読むと、「小さな命に癒され」るというよりも、どうしたらこういう力みのない句が作れるのだろうと思ってしまう。「なんだ、こういうふうに作ればいいのか、自分にもできそうだ」と、希望が湧いてくるのは一瞬で、いざ真似しようとしても、上手くいかないのはいつものことだ。

  スキー術変な呼吸がいい呼吸   京極杞陽

 この人の世界はあまりにも「変」なので、最初から真似しようなどという大それたことは考えない。それにしても、この句ほど自己肯定感をもたらしてくれる句はないんじゃないか。「それでいいんだよ、べつに間違ってないよ」って、励まされる感じ。あれっ、少し元気が出てきたかな。

アメリカの良心

ドキュメンタリー映画ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を観た。

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アメリカの情報と言えば、トランプとその周辺の動きばかりが報道されて、地球はこの先大丈夫なのかと不安になるばかりだが、この映画を観て少し安心した。アメリカにも有名無名の誠実で知的な人たちが大勢いて、世の中のために地道に働いている。もちろんそれは、アメリカに限ったことではないだろう。人間を、そして地球の未来をもう少し信じてもいいのではないかと、希望を抱かせる映画だった。

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岩波新書を代表する一冊

  高階秀爾の『名画を見る眼』を、僕は岩波新書を代表する一冊である、と断言してしまおう。いやいや、偉そうに「代表する」なんて言えるほど僕は岩波新書をたくさん読んでいるわけではない。でも、これが名著であることは間違いないと思う。今年1月、このブログに『続 名画を見る眼』を名著であると書いたが、それとは少し違う印象を持ちつつ、これもまた楽しむことができた。

名画を見る眼 (岩波新書)

名画を見る眼 (岩波新書)

 

  この本を読んでつくづく思ったのは、絵というのは、「読む」ものなのだなあ、ということだ。
・描かれているのは、誰が、何をしている場面か。
・画家はそれをどういう意図で描いたのか。
・その絵は発表当時の人たちにどのように受け止められたのか。
・その絵は、絵画史の中でどのような位置づけになっているか。
などなど、さまざまな文脈の中に置いて読まれるべき物である。しかし、絵の前に何時間立って眺めていても、わからないものはわからない。
 シャンデリアに灯された蝋燭が結婚のシンボルだ(ファイ・アイク「アルノルフィ夫妻の肖像」)とか、幼児イエスが戯れている仔羊は、イエスの受難を象徴する(レオナルド「聖アンナと聖母子」)とか。こういことを知らないと、「読み」は先に進まない。つまり、絵を読むには知識が必要なのだ。
 「名画を見る眼」は名画を「読む」ために必要な知識を手際よく示し、絵の世界に引きいれてくれる。また、たとえばマネの「オランピア」が大きなスキャンダルを引き起こしたのはなぜか、といった問いをまず立てて、読み手の興味を引き付けておいて先へ先へと読み進ませる書き方は、実に巧みだ。また、各章の末尾に「歴史的背景」という項を立て、その画家の西洋絵画の流れの中の位置づけを簡潔に示しているのは、「ここは試験に出るから、しっかり覚えておくように」的で、とても親切。試験の前、いや、美術館に行く前には、ここだけでも読んでおくと役に立ちそう。
 名画鑑賞の手引書として、最良の一冊。絵を読む前に読むべし。