一つの風船

 折々のうたを読む面白さの一つは、並んでいる作品と作品のあいだのつながりを見つけ出す、というところにある。つまり、連句を読む面白さのようなものだ。『折々のうた』では、こんなことがあった。


 限界にみな挑戦す踊子は跳ねとび僧は坐りつづける    岩田正


この歌のすぐ後ではなく、二つの短歌を挟んで、次の歌が出てくる。


 女子フィギュアの丸きおしりをみてありてしばしほのぼのと灯れり夫(つま)は

                                馬場あき子


岩田正と馬場あき子は夫婦。そうすると、岩田の詠む「踊子」とは、3回転ジャンプに挑むフィギュアスケーターのことなのかもしれないと思う。二人は同じテレビ画面を見て、それぞれの歌を詠んだのではないか。
そして、馬場あき子に続くのが次の歌。

 

 二人して交互に一つの風船に息を吹き込むようなおしゃべり    千葉聡


これは若い作者で、この歌だけ読めば、ここに詠まれている「二人」も若者のように思われる。友達同士か、恋人同士か、若い二人のたわいもないおしゃべりは、いつまでも途切れることがない。しかし、岩田・馬場夫妻の歌を読んだ後では、おしゃべりは若い二人のものだけとは限らないと考えが変わる。長く続いた夫妻での作歌活動も、二人で「一つの風船」を膨らますおしゃべりのような営みだったのではないか。

新・折々のうた〈6〉 (岩波新書)

新・折々のうた〈6〉 (岩波新書)

  • 作者:大岡 信
  • 発売日: 2001/11/20
  • メディア: 新書