読書の味覚

 三木清は、「読書遍歴」(『読書と人生』所収)の中で、「昔深く影響されたもので、その思い出を完全にしておくために、後に再び読んでみることを欲しないような本があるものである」と言っている。三木清が「深く影響された」本というのは徳富蘆花の『自然と人生』なのだが、さて、僕が深く影響された本で、かつ、もう読まないでおこうと思う本があるだろうか、と考えてみても、すぐには思いつかない。若いころの僕の感受性に強く訴えてきた本で、歳をとった今、もう一度読んでみたいと思う本はいくつか思い浮かぶが、それをなかなか読まないでいるのは、若い時の印象を大切にしたいという思いからではない。昔の感動をもう一度味わってみようという気持ちはあるのだが、それよりも、まだ読んでいない本に対する好奇心が強いからだ。

  若いころ読んだ本を、それから長い時が経った今、もう一度読んで、がっかりするようなことはあるのだろうか? 若い時の感性は、今でも自分の中に残っていると思うのだが。ただ、昔おいしく食べた食べ物をしばらくぶりに食べてみて、なぜこんなモノがおいしかったんだろうとがっかりすることは時々ある。本に対する「味覚」にも、変化はあるだろうか。

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