佐藤正午は一気に読め

岩波文庫的 月の満ち欠け

岩波文庫的 月の満ち欠け

 

  気になっていた佐藤正午の『月の満ち欠け』を読みました。

 構成的には非常に凝った小説で、読んでいると頭がこんがらがってきますので、これから読む人は以下のことを頭に置きながら読むといいでしょう。(ネタばらしはしませんのでご安心ください。)
 まず、錯綜する時間の中で迷子にならないために、小山内堅(つよし)、緑坂ゆい、緑坂るりの3人が東京ステーションホテルのカフェで出会った午前11時から始まり、小山内が彼女らと別れて東北新幹線のホームに向かう午後1時までの2時間を現在進行中の時間軸とし、その中に過去の時間を織り込んだ作品である、ということを押さえておきましょう。
 また、小山内堅、三角哲彦(あきひこ)、正木竜之介のそれぞれの過去について語られ、それらが微妙に絡みあうことになりますが、基本的には小山内堅が物語全体を統括する視点人物になっていると考えると、物語の全体像が把握しやすいと思います。
 とにかく気合を入れて、一気に読み進めることです。中断しながら少しずつ読んでいたら、たぶん話が見えなくなります(などと心配しなくても、だれでも読み始めたらやめられなくなるにちがいないのですが)。午前11時の東京ステーションホテルのカフェでブラックコーヒーを注文してから読み始め、午後1時に読み終える、なんていうことができたら理想的ですが、400ページを読み切るにはもう1、2軒喫茶店をはしごするか、行き帰りの電車の中でも集中して読むかしないと無理かな。
 まあ、どんなシチュエーションで読んだとしても、充実した忘れがたい読書体験になることはまちがいありません。いい小説というのは、読み終えた後、世の中が以前と少し違って見えてきます。この小説もまた、そんな作品の一つになるはずです。
 ちょっと褒めすぎたかな… でも、エンディングはあれで良かったのかな、という思いはあります。残りページが少なくなってきたとき、東京駅構内のコンコースの場面でこの話は終わるんだな、そして小山内が新幹線で向かう八戸では、もう一つの新しい物語が待っているのだろうな、そう思うと僕は鳥肌が立ってきたのですが、話はそこで終わらなかった。次に来る最後のシーンがあるとないとでは大違いです。この物語の全体像は、小山内ではなく三角を中心にした方が掴みやすいのかもしれません。