芸術の本質に届く名著

  高階秀爾の『続 名画を見る眼』は名著だと思う。山本健吉の『現代俳句』が名著であり、深田久弥の『日本百名山』が名著であるのと同じ意味合いにおいて。 

続 名画を見る眼 (岩波新書 青版 E-65)

続 名画を見る眼 (岩波新書 青版 E-65)

 

   『現代俳句』は、虚子、子規をはじめとする主要俳人の名句を鑑賞しながら、俳句の核心に迫る。『日本百名山』は、日本を代表する山の紹介文であるにとどまらず、山登りという行為のもたらす心のときめきを存分に読者に伝えてくれる。『続 名画を見る眼』は、モネ以降の14人の画家の代表作について解説しながら、絵を見ることの面白さを教えてくれるばかりでなく、随所で詩や音楽という他ジャンルをも含む芸術の本質に触れようとする。
 そして、『現代俳句』が、『日本百名山』がそうであるように、『続 名画を見る眼』の文章もまた、名文である。明晰で、時に詩情をも湛えた文章は、絵を見る喜びを余すところなく読者に伝える。

 白いドレスを身にまとい、パラソルを指して丘の上に爽やかに立つ若い女性を描き出したこの作品においても、画面の隅々にいたるまで、明るい光が溢れている。それは、開け放たれた窓から遠慮がちにはいりこんで、シャンデリアや卓上の静物の上に静かに結晶するフェルメールの光ではなく、もっと自由奔放に拡散し、反射しながら、世界全体を浸してしまうような光である。
 白い雲の浮かぶ夏の空は、底知れぬ光の海のように遠くに拡がっている。パラソルをさす女は、今その空から舞い降りたかのように、白い豊かな衣装の裾と麦藁帽をおさえる青いスカーフを風に靡かせながら、草原の間に軽やかに立つ。(モネ「パラソルをさす女」)