能動的な読みとしての翻訳

翻訳教室―はじめの一歩 (ちくまプリマー新書)

翻訳教室―はじめの一歩 (ちくまプリマー新書)

 鴻巣友季子著、『翻訳教室―初めの一歩』を読んだ。
 この本は、NHK総合テレビの「ようこそ先輩 課外授業」という番組での実践をもとに書かれたもので、その授業のすばらしさが、そのままこの本自体の出来の良さにつながっている。
 著者は、小学6年生にシルヴァスタインの『The missing Piece』という絵本を翻訳させるという授業を行う。まだ英文法の初歩も知らない小学生は、ときには見当違いな「名訳」をひねり出すのだが、著者は小学生の「名訳」に至るまでの思考過程を「能動的な読み」として評価し、どの生徒の読みにも高い評価を与える。
 So fast that it could not stop to talk to a warm
を「ミミズと話したいのに、速すぎて止まれないから話せない」と訳したチエさん(仮名)の答えに対しては、

「to」の訳し方がさり気なくうまいなあ、と思います。to不定詞の副詞的用法が入っていますが、これはなんでもかんでも「〜するために」と紋切型で訳すことはないのです。「立ち止まって話すこともできない」と前から訳しおろしてもいい。でも、チエさんはもっと上手でした。

とほめる。とにかく鴻巣先生は、ほめ上手だ。こんな授業が小学生にとって楽しくないはずがない。生徒たちの生き生きとした表情が浮かんでくるとともに、読者には文章を深く読むこと(精読)の面白さ、つまり翻訳することの面白さが実感をもって伝わってくる。
 翻訳とは、学校の英語の時間にたたきこまれる「英文和訳」、つまり原文に忠実な逐語訳とは異なる能動的で創造的な営みであること、それは著者と読者との対話であり、異文化とのコミュニケーションであることを教えられる。ぜひたくさんの人に読んでもらいたい良書だ。