旅先で旅の本を買う

 「旅」は好きな漢字の一つだ。
 「旅」という文字がタイトルに含まれる本は、思わず手に取ってしまう。

旅に出たい

旅に出たい

 この本を見つけたのは旅先だった。昨年末、青春18きっぷで出かけた佐原の町の古本屋の棚に並んでいた。これから佐原の町を歩き、さらに成田山もお参りして帰ろうという時に、わざわざ荷物を重くすることもないとも思ったが、旅先のちょっといい雰囲気の古本屋の棚を物色していると、何か一冊、自分の土産に買って帰りたくなってしまうのだ。
 しゃれた装丁のハードカバーで定価は1,400円。状態が良ければ500円くらいの値は付くのだろうが、僕が手にしたのは、カバーはかなり黄ばんでおり、紙魚も目立つので、200円という価格は妥当だ。気になる文章だけ読んで、処分してしまっても惜しくはないが、結局全部読んでしまった。
 池内紀の旅は、いつでも一人旅だ。異国を一人で旅する人は、しばしば感傷的になる。だから、池内紀の文章はいつでも少し、湿っぽい。

 名物さざえの壷焼きをサカナに酒を飲んだ。灰皿がわりに牡蠣の殻が置いてある。不格好な牡蠣。灰色をしていて、でこぼこで、塩のあとのように何やらかたまってくっついている。
 ふと手にとった。なぜかもどす気になれない。涙ぐみさえしそうになる。つまりがこいつ、中年の自分たちとそっくりではあるまいか。生きるために戦ってきた。岩の上にしがみついて奮闘してきた。その結果のいびつさ、でこぼこ、付着物。
 酒がほどよくまわってきた。西の空がこころもち明らんできたようだ。百円コインの運勢占いによると、この年の後半に目出たきことのあるよし、期待すべしとのこと。気をよくしたついでに、お銚子のお代わり。

(「幻の貝をもとめて 相州江の島をさまようの巻き」より)