沈黙

どのやうに語つてみても納得をさせるためには沈黙が要る      香川ヒサ

 夏休みに入る前の最期の授業で、生徒に「今月の短歌」として紹介したのがこの歌だった。本当はこの季節にふさわしい、生徒の心が素直に共鳴してくれそうな歌を選ぼうとしていたのだが、あれこれ探しているうちに、この歌が僕を捉えてしまったのだ。生徒と向き合い、確信の持てない言葉をいくつ重ねても相手に届いているようには到底思えず、もどかしい思いをするという経験を何度も重ねてきた自分に、「沈黙」という言葉は重く響いた。自分自身に言い聞かせるような気持ちで、この歌を選んでしまったのだ。80名ほどの生徒のうちの何人が、この歌を実感を持って受け止めてくれただろうか。
 たった今読み終えた、梶村啓二『野いばら』という小説の中でも、「沈黙」は静かな重みを持って、読者に訴えてくる。

 世にあるすべての問いにはそれにふさわしい答えがある。多くの幸福な人々はそう信じて疑わない。だが、ある日、この世界そのものが答えの無い問いであることにそっと気付いた者はどうするだろう。かれはひとり息をひそめ、沈黙し、ただそのことに黙って耐え続ける。その問いに答えがなかったとしても、問いそのものが消えることはない。沈黙は、答えのない問いと共に生き、答えのない世界に耐える唯一の方法だ。

 わたしたちは庭に向かって座り、前を見つめながら黙って食事をとった。心地よい沈黙だった。言葉を持たない動物の中には、鳴き声そのものではなく、声を発した後、次の声を発するまでの沈黙の時間の長短で互いの意思を通じ合わせるものがあると聞いたことがある。私たちの間の沈黙はそれに似ていた。

「わたしの細君はイギリスにおります」
 彼女はゆっくりと顔をあげてわたしを見た。
「田舎の実家にいます」
 わたしの顔を見上げたまま黙ってうなずいた。
「細君がそう望みましたので」
 わたしは聞かれもしないのに、言い訳を重ねるようにずるずると言葉を重ねた。投げかけの後の間合いと透明な沈黙は最大の聞き手だということは情報収集の基本であり、そのことは知り尽していたつもりだったが、結果的には彼女のほうがはるかに上手だった。
「奥方さまはさぞかし…」
 ユキはそう言ってから、またしばらく無言で歩いた。
「ご心配のことでござりましょう」
 ようやくそう言うと、わたしの顔をまぶしげに目を細めて見上げた。

「ところで、あなたはあの手記を読まれたのですか?」
 長い沈黙の後、縣はパトリシアの静かな横顔に尋ねた。
少し間をおいてパトリシアは答えた。
「読んだわ」
 縣の方を振り向いて、何度かまばたきをしながら言葉を捜すようにしていたが、再び前を向いて遠くに視線をやった。
「男って勝手ね」
 ぽつんとそう言うと、ショルダーバッグからタバコを一本取り出し、ライターで火をつけた。煙はすぐに風に吹きちぎられて飛散していった。

 沈黙の後の、「男って勝手ね」というパトリシアのせりふは、野いばらの濃密な香りと、バッハの無伴奏バイオリンソナタのこの世ならぬ響きに陶然とした男性読者の胸に突き刺さるだろう。それはユキが胸に隠し持つ懐刀のように鋭い。

野いばら

野いばら