顔を詠む


句集『進次』を読んだ。
まず、目についたのは「顔(貌)」という言葉だ。「顔(貌)」を詠んだ句といえば、加藤楸邨


蚊帳出づる地獄の顔に秋の風 (颱風眼)


を真っ先に思い出してしまうのだが、楸邨にはそのほかにも


昆虫のねむり死顔はかくありたし (野哭)
山椒魚詩に逃げられし顔でのぞく (まぼろしの鹿)


など、顔を詠んで印象的な句が多い。二十代半ばで「寒雷」に入会した喜田進次にも、「顔」を詠んだ句がとても多いという印象を受けた。


炎天へまた出てゆけるときの顔
らつきようのきらひな顔で今日も居り
悴みて顔がをとこでなくなりぬ
手帳見てゐて冷えたる梨の貌すなり



こうした句からは、作者の自嘲的な自己戯画化の企てを読み取ることができる。「顔」の句は晩年(といっても喜田進次は2008年に55歳で亡くなっている)には少なくなるのだが、句を通して自分自身を描ききろうという姿勢は一貫して変わることがない。


卵うみさうなきりぎりすじつと見る


作者の関心は、卵を産みそうなきりぎりすよりも、そんなものをじっと見ている自分自身にあるのではなかろうか。「卵うみさうなきりぎりす」とだけ書いても、それを見る主体が作者自身であることは(少なくともそれが俳句である以上は)自明だが、読者もまたそれを見る主体として同じ位置に立つことができる。しかし、「見る」と表現された瞬間から見る主体は対象化され、表現されたものとしての特権的な位置に立つことになる。作者が描きたかったのは、「卵うみさうなきりぎりす」である以上に、それをただ一人で見ている作者自身なのである。
この句集にはこの「見る」という語が頻出する。次に掲げるような句からは、「ゴムの木のうら」や「火事」や「ほんものの自衛隊」といった対象を見ている自分自身を客観的に(そして少々含羞のこもった目つきで)見つめるもう一人の自分の存在が感じられる。


ソ連船見て風邪ひいてをりにけり
くちなしに飽きゴムの木のうらを見る
蟷螂の枯るるまで壁見てをりぬ
はしり書きなぐり書きさあ火事を見に
ほんものの自衛隊見て汗しをり



自分自身を客観的に捉えようとする意識とは、すなわち「自意識」である。強烈な自意識は、自分自身を黒子にとどまらせることなく、舞台の上に引きずり出してしまう。役者が人前で演じるときに感じるであろう「恍惚と不安」を、人生という舞台で感じ続けていたのが喜田進次という人間だったのではないか。その作品にはどこか、演劇的なしぐさが見てとれる。ときに投げやりだったり、ときに人をけむに巻くようだったり、おとけて見せたり。しかし、結局はそんなしぐさの奥から素顔の喜田進次という人物が浮かび上がってくる。演じることは、嘘をつくこととは違う。


玉葱の中でねむたくなつている
二日目の青空に声かけてゆく
心中のつららをひとに向けて立つ
つまらなくなり鶏頭におしつこす
大雨が止まぬどうするどうするのだお前
校舎までたつた一人で歩く夏至



絵筆を荒々しくカンバスにこすりつけて何枚もの自画像を残したゴッホのように、喜田進次は俳句という形式の中に、強引なまでに言葉を投げ込み、おびただしい数の自画像を遺そうとした。そして、三十二年間連れ添ったという秦鈴絵氏によってまとめられたこの句集は、読む者にさながら一幅の肖像画を前にしたかのような想いを抱かせずにはいないだろう。