『雪の舞踏会』

雪の舞踏会 (中公文庫)

雪の舞踏会 (中公文庫)

モーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』の筋書きを踏まえた恋愛小説。
舞踏会に招かれた人々は皆18世紀の人物――王族だったり詩人だったり――に扮して大晦日を踊り明かす。ドン・ジョバンニに扮する男は当然、ドンナ・アンナに…
この本の読者としての資格を得るには、『ドンジ・ジョバンニ』についての通り一遍の知識があるだけでは足りないようだ。モーツァルトがあのオペラの裏に隠したかもしれないメッセージについての、自分なりの見解をもつことによって、初めてこの小説と対等に向かい合えるのではないか。
アンナがジョバンニと最後に交わした謎めいた会話、そして最後の場面――アンナが舞踏会を抜けだした後の行動――は、筆者によるモーツァルト論になっているようにも読める。でも、もどかしいことに、今の僕にはその意味がわかりそうでわからない。
残念ながら、僕にはまだこの小説の読者としての資格がないのだろうか。しかし、「解説」の中で梅津時比古氏が言っているように、この作品はモーツァルト論として無理やり答えを出そうとするのをやめて、「ドン・ジョバンニ」を演奏しているのだ、と考えるならば、ドン・ジョバンニとアンナとのスリリングな言葉の駆け引きを楽しんだ僕は、『ドン・ジョバンニ』の現代的なアレンジを十分に堪能したということになる。

「あたくしはあまり、穿鑿好きな女ではありませんけど、椅子かご(セダン・チェア)に乗つて舞踏会に到着したのはあなたの奥様かもしれませんわね。エルヴイラとおつしやるのかもしれない」
とアンナが言ふと、彼はずるさうな顔になつて、
「請合つてもいいけれども、ぼくの妻は舞踏会には来てゐません」
「いいえ。あなたが結婚していらつしやる方だとは思つていませんわ」
「どうもぼくは、このゲームがあまり上手ぢやないらしい」
「でも、だんだんお上手になつてゐますわ」
「ゲームはもうご免ですよ。あなたの御主人のことを知りたい」

…この男、付き合った女性のカタログを作るほどの遊び人とは思われない。