自宅に置きたいアンソロジー

(005)音 (百年文庫)

(005)音 (百年文庫)

図書室の新着図書の棚に、なかなか魅力的なシリーズが入っていた。ポプラ社が出している「百年文庫」。「憧」「絆」など、すべて漢字一文字をテーマにして各巻三篇ずつを集めたアンソロジーで、日本の作品もあり、翻訳ものもある。手にとって中をぱらぱらめくってみると、どれも読みたくなってしまう作品ばかり。新書くらいの大きさで手に取りやすく、装丁はシンプル。嬉しいことに字は大きめ。純粋に活字と向き合う気分にさせてくれる。司書さんはもちろん高校生に読んでもらいたくて図書室に入れたわけだけれど、こういう本に飛びつくのはむしろ本好きなオジサンたちなんじゃないかな。僕はこれ、できれば自分の本棚に置きたいくらいだ。
図書室に入っているのは現在50冊。今年中には100冊が揃うらしい。どんなテーマでどんな作品が収められるのか、興味深い。
で、まずは第5巻「音」を借りて読んでみた。
これを選んだのは理由があって、高浜虚子の散文を読んでみようかと思っていたところに、ちょうど「斑鳩物語」という文章を載せたこの本が眼についたからだが、読み終わって一番印象に残ったのは川口松太郎の「深川の鈴」という文章だった。味があって、色気があって、切ない余韻が残る。川口松太郎は第一回の直木賞受賞者だそうだが、読んだのは初めてだ。掘り出せばこういう名文はきっといくらでも出てくるんだろうから、最近の話題作なんかにあわてて飛びつくことはないんだよな。
それにしても、「音」というテーマでこの三篇を並べた編集者のセンスはなかなかのものだと思う。どの作品中の音も、人の暮らしがたてる音だ。人はそれぞれの人生の中で、それぞれの音を発する。その音に注意深く耳を傾ける人がいる。現代のように、大音量の洪水の中で人の耳が麻痺してしまう前の話だ。