『日本の漢字』(笹原宏之著、岩波新書)は、授業で使えるネタの宝庫です。
- 作者: 笹原宏之
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2006/01/20
- メディア: 新書
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豊富な実例で最後まで飽きさせない本ですが、著者が望んでいるのは、漢字について何でも知ってる「漢字博士」を増やすことではなく、日本人が当たり前のように使用している漢字を「考える対象」としてとらえ、その実態と本質に迫ることによって言語生活をより豊かにすることなのです。
著者は人名漢字を増やすための実態調査に関わったのですが、そこで親からの要望として「僾(ほのか)」「腥(せい)」という漢字があがってきたそうです。「人+愛」「月+星」、どちらも名前に使えるなら使いたいと思う親がいるのは不思議ではありません。ところが「僾」は「ぼんやりしている」という意味であり、「腥」には「なまぐさい、脂、生肉、汚い、醜い」という意味しかないそうです。著者はこうした実例から次のような考察を導き出します。
現代は、何事につけても時間の流れが速くなり、文字も動画とともに画面上を通り過ぎるものをサッと目に留めるだけで、それを頼りに深く思索を巡らすことが少なくなったのではなかろうか。ただでさえ平面的な直感が重視されがちな世の中で、社会生活を営むとすれば、字源や本当の字義がどうであれ、感覚的なイメージに押し流されることは想像に難くない。
また、著者は「学校で習わない漢字には、特殊な情緒が感じられる傾向がある」といい、小説や歌詞で「会う」よりも「逢う」、「思い」よりも「想い」が好まれることについて、
漢字の運用に際して、本来の字義の穿鑿を経ていないのならば感覚的になっている、つまり漢字の字面の発するイメージを重視する傾向が強まっていることがここにも見て取れる。
とし、漢字のイメージ偏重傾向への問題提起を行っています。さらに、最終章は次のように締めくくられています。
…漢字を丸暗記やパズルなど遊びだけの対象にすることは、漢字の特質である表意性さえも忘れさせかねない。…日本人がみずからの文字についての観察を放棄し、思考を失うときが来れば、また、過去から続く営為を振り返ることもしなければ、的確な選択も創意工夫もなされなくなり、日本の漢字は過去の遺産となるしかないのであろう。
授業で使えるネタが多いだけでなく、授業の中で漢字をどう扱うべきかについて考えさせてくれる本です。
「代える」と「替える」と「換える」との使い分けに苦吟することには、どのような意味があるのであろうか。
という箇所を読んだときは、虚をつかれたような気がしてすぐに傍線を引いてしまいました。教師でさえも使い分けに戸惑う同訓の漢字を覚えさせることに、入試に出るからという以上の理由付けが見つかるでしょうか? 同業者には特にお勧めの本です。