歌人、中川一政

 真鶴半島にある中川一政美術館を見てきました。

 真鶴に行った本当の目的は、御林の中の遊歩道を歩くことだったのですが、先日の台風で倒木が道を塞いでしまったらしく、通行不可。そこで、予定を変更してゆっくりと絵を見て帰ることにしました。ところが、災い転じて福となったと言うべきなのでしょう、中川一政の絵は予想を大きく上回る満足を与えてくれました。いや、予想以上というのは不正確な言い方で、中川一政については名前は聞いた覚えがある、という程度でほとんどイメージはなく、他に見所の少ないマイナーな観光地にある美術館という先入観で勝手に低く見ていたところが、思いがけずその認識を改めさせられた、というのが本当のところです。
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 中川の風景画は、大胆な色彩と力強い筆致、そしてどっしりとした構図で観るものを圧倒します。薔薇の絵はひとつひとつ異なる自作の額縁が面白く、その額縁と絵の調和が見事です。(目録などではその額縁が写っていないので、面白さが伝わりません。)一方、それらの明るい絵とは対照的なのが初期の風景画で、暗く濁った空の色に支配された画面が、メランコリックな感情を呼び起こす、何とも不思議な魅力を持っています。

  さて、中川一政との思いがけない出会いは先週のこと。そして、今日、注文してあった大岡信の『折々のうた』が届いてさっそく開いてみたところ、中川一政の短歌が二首、載っていたのです。 

静物にかきしレモンを湯に入れて子らに飲ましむ並びて飲み居る

ひとり身になりて淋しとおもはねど人がいふときさびしかりけり

大岡の評言にこうあります。

百歳になんなんとする長寿をまっとうした画家中川一政。ほとんど万能の人で、油絵から始めて日本が、水墨画も描き、書、篆刻、陶芸、挿絵、装丁、いずれにも個性溢れる世界を開いた。しかし中学時代は文学好きの短歌少年だったらしい。詩歌集も多い。

  中川一政美術館には、絵だけでなく、書も展示してあり、その多才ぶりの一端を伺うことができますが、歌人としても一流の活躍をしていたとは、驚きです。