岩波新書を代表する一冊

  高階秀爾の『名画を見る眼』を、僕は岩波新書を代表する一冊である、と断言してしまおう。いやいや、偉そうに「代表する」なんて言えるほど僕は岩波新書をたくさん読んでいるわけではない。でも、これが名著であることは間違いないと思う。今年1月、このブログに『続 名画を見る眼』を名著であると書いたが、それとは少し違う印象を持ちつつ、これもまた楽しむことができた。

名画を見る眼 (岩波新書)

名画を見る眼 (岩波新書)

 

  この本を読んでつくづく思ったのは、絵というのは、「読む」ものなのだなあ、ということだ。
・描かれているのは、誰が、何をしている場面か。
・画家はそれをどういう意図で描いたのか。
・その絵は発表当時の人たちにどのように受け止められたのか。
・その絵は、絵画史の中でどのような位置づけになっているか。
などなど、さまざまな文脈の中に置いて読まれるべき物である。しかし、絵の前に何時間立って眺めていても、わからないものはわからない。
 シャンデリアに灯された蝋燭が結婚のシンボルだ(ファイ・アイク「アルノルフィ夫妻の肖像」)とか、幼児イエスが戯れている仔羊は、イエスの受難を象徴する(レオナルド「聖アンナと聖母子」)とか。こういことを知らないと、「読み」は先に進まない。つまり、絵を読むには知識が必要なのだ。
 「名画を見る眼」は名画を「読む」ために必要な知識を手際よく示し、絵の世界に引きいれてくれる。また、たとえばマネの「オランピア」が大きなスキャンダルを引き起こしたのはなぜか、といった問いをまず立てて、読み手の興味を引き付けておいて先へ先へと読み進ませる書き方は、実に巧みだ。また、各章の末尾に「歴史的背景」という項を立て、その画家の西洋絵画の流れの中の位置づけを簡潔に示しているのは、「ここは試験に出るから、しっかり覚えておくように」的で、とても親切。試験の前、いや、美術館に行く前には、ここだけでも読んでおくと役に立ちそう。
 名画鑑賞の手引書として、最良の一冊。絵を読む前に読むべし。