ロフトのある古本屋

 いつからこんな場所に古本屋があっただろう?
 僕は仕事を終えて、自宅に帰る途中だった。
 駅から真っ直ぐ伸びる商店街の終るあたりに、初めて見かける古本屋があったので、さっそく中を覗いてみることにした。ドアを押しあけて中に入ると、店員がいきなり「何か買ってってくださいね」と言ったように聞こえた。何かいい本があればもちろん買うつもりだが、見たところ小さな本棚が3つほどあるだけで、品ぞろえは少なそうだ。こんな中から買いたくなるような本が見つけられるのだろうかと、僕は店に入ったことを早くも後悔していた。
 しかし、よく見ると店は面白い形をしていて、奥の方で左に折れまがってその先も店舗になっており、その先を進んでいくとその突きあたりでまた左に折れまがって、その先も店舗になっている。つまり、全体が片仮名の「コ」の字型をしていて、最初の印象より実際は相当広いようなのだ。本棚はゆったりと間隔をとって配置されており、本ばかりでなく、しゃれた雑貨や鞄類なども並べてある。建物内は古民家の梁や柱などを利用したようで、なかなか重厚で味のある作りになっている。
 最初に僕の興味を引いたのは、箱入りだった最初期の旺文社文庫が多数並んでいることだった。それらはどれも状態が良く、発売当時の定価が200円程度のものに700円くらいの値段がついている。もっと高くてもおかしくないくらいだ。この中にはきっと僕が買いたくなる本があるに違いない。
 また、珍しいと思ったのは、光沢のある黒っぽい装丁の岩波文庫だ。これも状態の良さそうなのがたくさん揃っている。岩波文庫がかつてこういうデザインだったことは知らなかったが、ちょっと僕の好みではない。
 全音や音楽の友社や外国の出版社のミニチュアスコアも並んでいる。僕はベートーヴェンの何かの曲のスコアがあれば欲しいと思っていたのだが、その曲が何だったか思い出せない。それよりも家にある要らなくなったスコアをこの店に買い取ってもらえるかどうか、あとで店員に訊いてみようと考えていた。
 すると、誰かが「二階もあるんだよ」と驚いているような声が聞こえてきた。見上げると、確かにこの店にはロフトのような作りの二階もあって、そこも本の売り場になっているようなのだった。僕はすぐ近くの壁面の、ちょうど梯子のような作りになっているところを利用してその二階によじ登ろうとしたが、何かが体につっかかってしまうようで、どうしてもうまく登れない。そう言えば、店に入ってすぐのところに二階へ上る階段らしきものがあったような気がしてきたが、もはや手遅れで、僕の体は硬直したようで意のままにならず、二階へ上がることも、下へ降りることもできくなっているのだった。