さあ、もういっぺん…

 短い生涯の中で大きな仕事を成し遂げた文学者、正岡子規を、愛情を込めて描ききった長編評伝小説。漱石、虚子、碧梧桐らとの交流の様子も、生き生きとよみがえる。
 子規の遺体を抱き上げるようにして言ったという、母親の八重の言葉、
「さあ、もういっぺん痛いと言うておみ」
のことは何かの本で読んで知っていたが、小説の世界に引き込まれ、自分もその時子規庵に居合わせたような心持でこの言葉に出会うと、さすがにこみあげてくるものがある。

「あしは小説という形式では自分の思うている表現、感覚を満足させることはできないと決めてしもうたな……」
「ノボさんには俳句がありますし、短歌もあるぞな。それで十分にノボさんは世に出られました」
 碧梧桐が言うと、子規は黙ってうなずいていた。

 もし、子規が病を得ることがなかったら、小説の世界でも大きな仕事を成し遂げていただろうか。