おとこ・の・ぼーる

 『子規に学ぶ俳句365日』を読んでいたら、

夏草やベースボールの人遠し

という句が出てきた。先日読んだ渥美清の句集の中にこれと似ている句があったことを思い出した。

ベースボール遠く見ている野菊かな

もしかしたら、渥美清も子規の句を読んでいて、影響を受けていたかもしれない。子規の句では、野球を見ているのは作者自身。それに対して渥美清の句では、野菊が野球を見ているという設定なのだが、作者自身の視点も野菊のすぐ近くにあって、遠くの野球を視野におさめているわけだから、やはり両者はよく似ている。ただ、季節の違いから、少し違った印象になっていて、野菊の句の方が、どことなくうら寂しい感じがする。
 ところで、この句の解説にもある通り、野球好きの子規が「野球」を「のぼーる」と読ませて雅号として使っていることはよく知られているが、子規はもう一つの「ぼーる」のこともよく俳句に読んだらしい。

睾丸をのせて重たき団扇かな

解説によると、子規はこのほかにも睾丸の句をいくつも作っているという。

子規に学ぶ 俳句365日

子規に学ぶ 俳句365日

 ちなみに、この「(男の)ぼーる」のことは、英語でも「balls」と呼ぶのだそうだ。『英語で読む村上春樹』のテキストにちゃんと書いてある。
 「かえるくん、東京を救う」の中のかえるくんのせりふ、「それはきんたまの問題です」の英語訳は、「It's a question of balls」。「balls」には、日本語と同じように、「肝っ玉」「勇気」というような意味もあるのだという。
 英語が苦手だったらしい子規は、たぶんそんなことは知らなかっただろう。