時代遅れの常識

思い込みというのは、怖い。
ピアノを弾く時は、指は軽く曲げて、指先を垂直に近い形で鍵盤を叩くのが正しいと思っていた。(だから、爪が鍵盤にあたらないように、爪は短く切っておかなければならない…)僕は今までピアノを習ったことはないけれど、子供の頃、自己流で「赤いバイエル」を練習していた時も、指を軽く曲げるという意識は常にあったと思う。
だから、青柳いずみこ『ピアニストは指先で考える』を読んでいて、ピアノには「掌を平らにして指を長くのばし、指の腹でタッチする」という弾きかたもあることを知ったときは、ちょっとした驚きを感じた。たとえばショパンの曲などは、伸ばした指の方が弾きやすいのだという。
日本に洋楽が導入された19世紀の後期に、二つの奏法のうちの「曲げた指を高く上げて弾く」奏法=「ハイフィンガー奏法」だけが導入されてしまったが、そのころ既にヨーロッパでは伸ばした指で鍵盤を抑え込む「重力奏法」が主流になっており、20世紀には「ハイフィンガー奏法」は消滅していたのだそうだ。
僕も日本人の一人として、いつの間にか「曲げた指」を常識と考えるようになっていたわけだが、僕の場合「バイエル」までで止まってしまったわけだから(それに弾いていたのはピアノではなくて、安い電気オルガンだったから)、指が曲がっていようが伸びていようが、どうでも良かったんだろう。ただ、「曲げた指」の練習は、今こうしてパソコンのキーボードを叩くのには役立っているような気がする。どう考えても、「伸ばした指」ではキーボードは叩きにくい。
それはともかく、子供の頃刷り込まれた時代遅れの常識を、それが唯一の正解だといつまでも信じ込んでいるということが他にもあるかもしれないと思うと、ちょっと恐ろしい。

ピアニストは指先で考える

ピアニストは指先で考える

この本は、ピアの学習者に向けて書かれた文章が多いが、音楽が好きな人、特に(ピアノでなくても)楽器をやっている人だったら、きっと面白く読めるだろう。一つの楽器について言えることは、他の楽器にも当てはまる場合が多い。