職人ピカソ

青春ピカソ (新潮文庫)

青春ピカソ (新潮文庫)

岡本太郎ピカソの本質に迫りつつ、自らの芸術観を熱く語る、実にエキサイティングな本。
岡本太郎の芸術観は強くピカソに影響されている。だから、これは著者自身のことを言っているのだか、ピカソのことを言っているのだか、うっかりすると読者の頭の中で両者は重なり、見分けがつかなくなりそうだ。しかし、岡本太郎にとって、ピカソは模倣すべき対象ではなく、乗り越えるべき巨峰なのだ。先行する権威を否定し、おのれ自身をも破壊しつづけることによって成り立っていたピカソの芸術に本当に影響受けたと言えるのは、ピカソに反発しピカソを越え得たときだ。

本質的な影響というものは勿論模倣ではありえない。それに魅了され、反発する時にはじめて真の影響が成り立つのである。

岡本太郎は、円熟完成の域に達したピカソ晩年の作品に不満をもらす。そこには「反ピカソ=自己否定」というドラマがないからである。

もしピカソが真に円熟に甘んじているとするなら、彼はすでにアヴァンギャルドではない。もちろん歴史を創造し得ない。彼は稀代の名匠であり、二十世紀前半のモニュマン(記念碑)であるにすぎない。

岡本太郎は「名匠」という言葉を使っているが、僕はこれを「職人」と言い換えてみる。芸術家ピカソは、(過去の少なくない数の大芸術家たちがそうであったように)最晩年を職人として生きたと言えないだろうか? 岡本太郎の不満はそこにある。岡本太郎ピカソとの大きな違いは、最後の最後まで「青春」を貫くことへのこだわりの有無だ。「青春」という言葉は岡本太郎にこそふさわしい。