数の美しさ

博士の愛した数式

博士の愛した数式

抽象度の高い文章の中に、数や数式が絶妙に溶け込んで、清冽な詩情を醸し出している。今まで読んだどの小説とも違うと思う。とても新鮮だ。といっても、これは驚くに足らないことかもしれない。数も数式も、言葉であることに変わりはないのだから。

「博士」は、数が百万、千万と大きくなり、素数が見つからなくなることを「砂漠地帯」に迷い込むと表現し、そんな中に見えてくる素数を「澄んだ水をたたえた、素数という名のオアシス」と表現する。とても詩的だ。数学は抽象度が高いだけに、そこに具象という衣装を着せることによって、いくらでも詩的に表現される可能性を秘めている。この小説中のカギを握る「オイラーの公式」にしても、πやiなどの難解な数が美しすぎるほどの比喩で彩られる。

数学は苦手だとか、文系だ理系だと言って、自分を狭い枠に閉じ込めていた学生時代がちょっと悔やまれる。数や数式の湛える詩に気づいていたら、もう少し広い世界を生きることになっていたかもしれない。いや、今からでも遅くないはずだ、数学の本を手にとってみようか、などどいう気持ちにさせてくれる小説である。

「数が大きくなるにつれて、素数の間隔も空いてくるから、双子素数を見つけるのもだんだん難しくなる。素数が無限にあるのと同じように、双子素数も無限にあるのかどうかは、まだ分からないんだ」
 双子素数を円で囲みながら博士は言った。博士の授業でもう一つ不思議なのは、彼が分からないという言葉を惜しげもなく使うことだった。分からないのは恥ではなく、新たな真理への道標だった。彼にとって、手付かずの予想がそこにある事実を教えるのは、既に証明された定理を数えるのと同じくらい重要だった。

「わからない」が「新たな真理への道標」だというのは、数学に限らないことだとは思うけど。