小説

辻村深月作品のリアリティ

辻村深月の短編集、『鍵のない夢を見る』を読んだ。 鍵のない夢を見る (文春文庫) 作者:辻村深月 文藝春秋 Amazon 主人公の女性たちの思考や行動に、全面的に共感できるわけではない。しかし、共感できるできないにかかわらず、彼女たちは確かに作品の中に生…

初めての辻村深月体験

傲慢と善良 (朝日文庫) 作者:辻村 深月 朝日新聞出版 Amazon 30代後半になる架(かける)は、自分が真剣に結婚を考えなければならない時期に来ていることにようやく気づく。スマホの婚活アプリに登録し、そこで知り合った30代半ばの真美(まみ)と付き合うよ…

古本屋で見つけた『小さな手袋』を読み始めたけど、思い出した! (←AIタイトルアシストを試してみた)

伊勢佐木町の古本屋で小沼丹のエッセイ集『小さな手袋』を見つけて、さっそく帰りの電車の中で読み始めたのだが、ふと思い出した。(小沼丹の短編集で読みかけのがあったのではないか…それなら、まずそれを読み終えてしまわねば…)帰宅して机の周辺を捜索す…

二人の「僕」

家から逃げ出すとき、自分以外のなにから逃げるというのか。さらば、と野生の若者が家好きの若者に告げた。 フォンターネ 山小屋の生活 (新潮クレスト・ブックス) 作者:パオロ・コニェッティ 新潮社 Amazon 孤独を求めて標高2,000メートル近い山の中に小屋を…

誤植?

誤植に戸惑うことが続いた。 『NHK俳句』の最新号の記事中に、次の句が紹介されていた。 さなぎだに湖尻はさびし時鳥草 上田五千石 さなぎ(蛹)でさえ寂しいって、どういうこと?? よくわからない… ところが、次のページにこの句の解説があり、謎は氷解。…

大寺さんの日常

懐中時計 (講談社文芸文庫) 作者:小沼丹 講談社 Amazon 先日読んだ「白孔雀のいるホテル」がすごく良かったので、小沼丹をすべて読んでみるつもりになっていて、古本屋に入ると必ず講談社文芸文庫の小沼丹を探している。『懐中時計』は最初の収穫で、伊勢佐…

居心地の良い世界

百年文庫の「湖」は、次の三作品を収録。 フィッツジェラルド「冬の夢」木々高太郎「新月」小沼丹「白孔雀のいるホテル」 (029)湖 (百年文庫) 作者:フィッツジェラルド,木々高太郎,小沼丹 ポプラ社 Amazon 小沼丹が良かった。小沼丹は井伏鱒二を師と仰いだが…

『ツバキ文具店』の続編も読んでみた。

キラキラ共和国 作者:小川 糸 幻冬舎 Amazon 『ツバキ文具店』が良かったという話を教室でしたら、自分も読んだという生徒がいて、続編の『キラキラ共和国』もぜひ読んだほうが良い、と勧められたので、さっそく読んでみた。 なるほど、これもまた、気持ちが…

鎌倉へ

面白そうな本はないかと図書館の棚を探っていると、「鎌倉案内」の文字が視野に飛び込んできた。よく見ると『ツバキ文具店の鎌倉案内』という薄っぺらい文庫本。開いて中を覗いてみると、「本書は、小川糸著『ツバキ文具店』と続編『キラキラ共和国』に登場…

涙腺崩壊?(高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ⑤)

これも勤務校の図書館報に生徒による紹介記事が載っていた本。 青い鳥(新潮文庫) 作者:重松 清 新潮社 Amazon 濁音とカ行、タ行を必ずどもってしまう、不格好な村内先生が、心を病む生徒に寄り添って大切なことを伝えることで、状況を好転させるという話を…

まあまあ、そこそこ(高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ④)

93番目のキミ 作者:山田悠介 河出書房新社 Amazon 山田悠介は初めて読む作家で、まったく知識は持ち合わせていないが、高校生には人気があるらしい。アマゾンの「商品の説明」中には「10代を中心に圧倒的な支持を得る」とある。僕が中古店で買った文芸社文…

高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ③

本を読む女 (集英社文庫) 作者:林 真理子 集英社 Amazon 林真理子が高校生に人気があるのか、実は僕はよく知らない。でも、僕がこの本を読んだのは、高校生に勧められたから、いや、正確に言えば、勤務校の図書委員会が発行している図書館報の最新号のなかに…

スタッキング不能

スタッキング可能 (河出文庫) 作者:松田 青子 河出書房新社 Amazon 誰が主人公というわけでもなく、次々に入れ替わる登場人物たちに何か事件が起こるわけでもない。物語性というものが皆無。ただ、その登場人物たちが、世間の常識とか、「〇〇らしくあらねば…

高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ②

チルドレン (講談社文庫) 作者:伊坂幸太郎 講談社 Amazon 高校生に好きな作家、最近読んだ作品を訊ねるとよく出てくるのが伊坂幸太郎。昨年度授業を受け持った生徒の中で特に優秀だったKさんも、好きな作家として伊坂幸太郎の名を挙げていた。というわけで…

BGMのない映画

映画、「ドライブ・マイ・カー」を観た。 コミュニケーションには、その場所の力というものが働く。食卓、車、閨房…とりわけ、この映画においては車が登場人物の台詞を引き出し、登場人物同士の会話を深めるのに大きな働きをする。原作には、主人公の家福は…

同感、のち、違和感

僕の車の中には一年ほど前から、ベートーベンの弦楽四重奏曲全集(アルバン・ベルク四重奏団の7枚組)が入れっぱなしになっている。車の中ではラジオを聴くことが多いのだが(主にFM東京、たまにFM横浜)、ラジオに飽きるとCDに替える。ベートーベン…

どっち派?(高校生に人気のある作家を読んでみるシリーズ①)

高校生に人気のある住野よるの作品を初めて読んだ。 主人公のあっちーくん(安達くん)は分裂している。 クラスの大多数が向かっている方向(矢野さんへのいじめ)からずれないように(孤立しないように)、細心の注意を怠らずふるまう昼のあっちーくんと、…

コペル君と「先生」

君たちはどう生きるか (岩波文庫) 作者:吉野 源三郎 岩波書店 Amazon 実は先月、腰痛治療(ヘルニア)のために入院した。手術は初めての経験で不安はあったけれど、とにかく耐え難いほどの激痛が何日も続いていたので、体にメスを入れることを躊躇している場…

芸術としての私小説

本棚に眠っていた、伊藤整の『改訂文学入門』(光文社文庫)を読んだ。本書は、「あとがき」に「私は、近代日本文学、特に私小説とヨーロッパ文学とを同時に満足させうるところの、芸術の本質はなにかということを、追求した。」とあるところからわかるよう…

文学部のスロープ

作者、北村薫は二度目の大学生活を、今度は女学生になり切って楽しんでいる。想像力を逞しくして。それを読みながら僕は僕で、自分の大学時代にタイムスリップして、懐かしい思い出に浸る。「文学部の長いスロープを校舎の方に上りながら」なんて一節に出会…

別嬪ではないが

日本文学100年の名作 第6巻 1964-1973 ベトナム姐ちゃん (新潮文庫) 新潮社 Amazon 木山捷平の「軽石」は、ほんわかと心が温まるいい話。主人公の正介のちょっと変人寄りの人柄も好ましいが、「もともと別嬪でないのは承知でもらった」というその妻のおおら…

本が本を呼ぶ

太宰治の辞書 作者:北村 薫 新潮社 Amazon 題名に惹かれて読み始めたが、どんどん引き込まれていった。こんな面白い本があったとは、知らなかった。 小説は書かれることによっては完成しない。読まれることによって完成するのだ。ひとつの小説は、決して《ひ…

山の名文家

街と山のあいだ 作者:若菜晃子 アノニマ・スタジオ Amazon 山の雑誌の編集にも携わったという著者による、山の随筆集。山を語る名文家と言えば、まず深田久弥、続いて串田孫一、辻まこと、畦地梅太郎などを思い浮かべるが、この若菜晃子もその中に加えよう。…

自分を映し出す鏡

日本文学100年の名作 第8巻 1984-1993 薄情くじら (新潮文庫) 新潮社 Amazon 最後の作品、というせいもあるが、北村薫の「ものがたり」が一番印象に残った。そして、疑問が残った。疑問は自分の不注意のせいかもしれない。何度も読み返したが、やはり自分の…

最後の一行に鳥肌が立つ

日本文学100年の名作 第7巻 1974-1983 公然の秘密 (新潮文庫) 新潮社 Amazon 『日本文学100年の名作 第7巻』(新潮文庫)を読んだ。目利きによる厳選だけに、収録作品はどれも質が高くて、満足度も高い。初めて読む作家も数人いるが(神吉拓郎、李恢成、色…

焚火とアイロン

日本文学100年の名作 第9巻 1994-2003 アイロンのある風景 (新潮文庫) 発売日: 2015/04/30 メディア: 文庫 村上春樹の「アイロンのある風景」は、読み手をあっと言わせる展開もなく、泣かせる場面もなく、収録作品の中では一番地味な作品、印象に残りにくい…

第10巻から読み始める。

学校の図書室で借りて、『日本文学100年の名作 第10巻』(新潮文庫)を読んだ。 日本文学100年の名作 第10巻 2004-2013 バタフライ和文タイプ事務所 (新潮文庫) 発売日: 2015/05/28 メディア: 文庫 伊集院静、木内昇、道尾秀介、桜木紫乃、高樹のぶ子、山白…

小説について書かれたものを読むことの楽しさ

漱石の『こころ』と言えば、高校の現代文の教科書中の定番であり、名作中の名作のように崇め奉られているのだが、坂口安吾の手にかかってはひとたまりもない。 私はこの春、漱石の長編をひととおり読んだ。…私は漱石の作品が全然肉体を生活していないので驚…

夢見る男

久々に読む「百年文庫」。 (042)夢 (百年文庫) 作者:ポルガー,三島由紀夫,ヘミングウェイ 発売日: 2010/10/12 メディア: 文庫 ポルガーは初めて読む作家。三島由紀夫の「雨のなかの噴水」は、以前、他のアンソロジーで読んだのでこれが2度目。ヘミングウェ…

幻の名作?

井伏鱒二『仕事部屋』(講談社文芸文庫)は、井伏鱒二初期(昭和初期)の作品群を収めたもの。この中のほとんどの作品が筑摩の旧「全集」にも「自選全集」にも収められていなかった(つまり、井伏自身によってはじかれていた)ため、この文庫は読みたくても…